2017 Fiscal Year Annual Research Report
転写装置の新規機能とネットワーク解析による生存戦略の再評価
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16H04903
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Research Institution | Tokyo University of Agriculture |
Principal Investigator |
吉川 博文 東京農業大学, 生命科学部, 教授 (50175676)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | RNAポリメラーゼ / 緊縮応答 / 耐熱化 / 枯草菌 / 機能ネットワーク / 実験進化 |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度に明らかにしたRNAポリメラーゼコア酵素の新規機能として、ppGpp合成能欠損の抑圧があるが、転写開始点+1Aに対する+1Gの転写レベルを低下させる機能が、転写装置と転写開始点ヌクレオチドの親和性によるものかどうかを検証するため、RNA-seq解析を行った。rpoB抑圧変異株において、緊縮応答を誘導させる薬剤RHXを添加後20分の発現パターンを添加前と比較した。その結果、rpoB抑圧変異株においては、発現パターンが野生株に近づいている傾向を示し、全体としては転写開始点+1Gの転写レベルが下がっていた。したがってrRNAオペロン等、+1がGの発現を低減させることで緊縮調節をしていることを更に示唆する結果となった。 また、主要シグマ因子SigAのみが機能する株において高温での溶菌を抑圧するrpoCの変異株を報告したが、この株を更に植継ぎ、高温馴化を行った。約半年の高温馴化により、60℃での生育が可能になった株を得た。単コロニーにして解析したところ、ほとんどが運動性を失っており、対数増殖後期の機能をトレードオフの対象にしている可能性を示唆する結果を得た。 一方、プロモーター認識に関するコア酵素の機能として、-10~+1領域にあるアデニン(A)の数に依存してコアがプロモーター認識特異性を担っている、という仮説を提唱してきた。Aの数を変化させたさまざまな変異プロモーターのレポータ-アッセイにより、枯草菌ではプロモーター活性が変化したが、大腸菌ではあまり変化無かった。枯草菌細胞内(in vivo)では大腸菌型プロモーターの多くを効率よく転写できない要因が明らかになった訳だが、その分子機構を探るため、DNA認識部位と考えられているrpoB, rpoCの領域を大腸菌型に置換したキメラRNAポリメラーゼコア酵素を構築したが、大腸菌型プロモーターの転写活性増加は見られなかった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
緊縮応答に関する転写装置の機能に関しては、細胞内GTPレベルが低下しない状況下でも、転写開始点の違いにより+1Gの転写を抑制するという細胞の巧妙なしくみを明らかにすることが出来た。一方で、ppGpp合成能欠損の抑圧では転写装置以外にも同定された変異があり、特にPRPP合成酵素の変異について解析しているが、ATPとGTPのバランスが重要なのか、GTPレベルだけが鍵になっているのかという点は謎として残っている。また、先行研究と異なりメチオニン要求株を用いなかった点で多くの新知見に繋げることが出来たが、メチオニンの効果を探求する過程で新たな核酸制御機構の知見に近づきつつあり、この全貌が解明されると、RNAポリメラーゼの変異効果についてもその生理的意義が明らかになると考える。 高温耐性枯草菌の取得は、基礎生物学的にも応用微生物学的にも貴重な知見が得られると考える。高温耐性の研究は主として好熱菌の研究から得られたものが多く、本来中温菌の耐熱化という視点は近年ようやく研究対象とされてきた。工業微生物の耐熱化という点では応用範囲が広がる可能性がある。こうした点から、枯草菌のような中温菌の生育限界温度を3~4℃上げることが出来た点は大きな意義があると考える。RNAポリメラーゼの変異株を出発点にしたことに意味があったかどうか、さらに胞子形成初期過程のプロセスをトレードオフの対象としているという意義については今後の課題として検討していく。 一方で、大腸菌と枯草菌のコアキメラRNAポリメラーゼの解析ではプロモーター認識特異性の変換を目指したものの、明確な結果が得られなかった。DNA鎖認識とプロモーター配列認識とは一致しない可能性もあり、巨視的、合成生物的視点から、キメラRNAポリメラーゼを構築して、in vivo特異的な枯草菌のプロモーター認識機構に迫ることを考える。
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Strategy for Future Research Activity |
転写装置に軸をおいた基本計画であるが、緊縮応答および耐熱化研究は、手法も確立し新たな展開を見せている。緊縮応答は増殖相遷移期における生存戦略であり、生命科学研究の重要な要素が凝縮している。メチオニンの効果について、重要なシグナル分子のSAMに注目し、アミノ酸代謝と核酸代謝の両面から解析を行っているが、新たな関連性の発見に繋がれば、これまでの知見を更に大きなネットワークの中に位置づけられる。この点は本研究の大きな目的であり、重要課題として推進する。転写装置との関連については、抑圧変異をrpoB以外にrpoCにも得ており、同様に解析していく。 RNAポリメラーゼの転写活性に関しては、+1ヌクレオチドとの親和性変化を示唆しているため、精製ポリメラーゼを用いたin vitro転写実験等により分子機構を検証していく。こうした解析により、緊縮応答の全体像に近づくとともに、転写装置の新たな機能に関する知見が得られる。 一方、rpoC変異株を出発点とし、枯草菌生育限界温度の上昇を達成した。応用的に重要な工業微生物への波及効果も期待し、この耐熱化株の全ゲノム解析を含め、更なる解析を行って耐熱化の要因を検証する。また、耐熱化のトレードオフとして胞子形成初期遺伝子を同定しているが、胞子形成初期過程はエネルギーを多く消費する過程であり、その消費を節約して耐熱化機構に回していると考えると合理的である。増殖遷移期の生存戦略の視点からも、本研究の根幹に関わる課題である。TCA回路の重要因子OdhBの機能を通し、細胞のエネルギー生産と酸化還元制御に重要な機能を示唆する結果を得ており、遷移期の細胞機能ネットワークを探る。 キメラRNAポリメラーゼの課題は、細菌の種間における発現特異性を解明する意味も兼ね、保存性の高さを考慮してサブユニットレベルでのキメラを構築して、合成生物学的研究分野に新たな視点をもたらす。
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