2017 Fiscal Year Annual Research Report
オーラルヒストリーによる旧ソ連ロシア語系住民の口頭言語と対ソ・対露認識の研究
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16H05657
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
柳田 賢二 東北大学, 東北アジア研究センター, 准教授 (90241562)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
中村 唯史 京都大学, 文学研究科, 教授 (20250962)
楯岡 求美 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (60324894)
堀口 大樹 岩手大学, 人文社会科学部, 准教授 (50724077)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | ソ連 / オーラルヒストリー / ロシア語 / 言語政策 / 言語接触 / 文化変容 |
Outline of Annual Research Achievements |
旧ソ連各国においてソ連時代の社会主義への否定的評価が公式化した現在にあっても一般人のほとんどが、例えばフルシチョフによるスターリン批判(1956年)のような完全に歴史に属する事件についてでさえ、外国人に政治の話をすることはタブーと考えている。そしてこのことは強権大統領制を強めるロシアと長期独裁政権下にある中央アジア諸国のみならずEUとNATOに加入して「西側」の国々となったバルト3国においても同じである。加えて現在のロシアではウクライナ問題をめぐる(我が国を含む)西側諸国からの経済制裁とそれに対する対抗制裁により賃金と生活水準の急激な下落が起こっている。これらのことからロシア人の「西側」への感情が極めて悪化し、2014年までは良好であった対日感情までもが一般人の心理においては「潜在的敵国か」と考えられ始めて急速に悪化している。こうした要因により今年度当初の時点ではいずれの国においてもオーラルヒストリー聞き取り対象者の確保自体が最大の困難であったが、各人とも現地調査前に有能な一般人を現地コーディネーターとして確保することができたため何とかこれを克服することができ、実際にオーラルヒストリーの聞き取りをするができた。 オーラルヒストリー採集の担当地域は研究代表者の柳田がウズベキスタン、研究分担者の楯岡がジョージアおよびロシアのクラスノダールとモスクワ、中村が研究協力者としての現地調査を依頼した京都大学准教授帯谷知可がウズベキスタンとカザフスタンである。また、本年度から研究分担者に加わった堀口大樹はバルト3国のうちラトビアとリトアニアでオーラルヒストリーの聞き取りを行った。その結果、再び強権化を強めるロシアと中央アジアの国々はもとよりEU加盟国となったバルト3国においてすら人々の意識中でソ連は(たとえ打倒の対象としてであれ)未だ消滅していないと考えざるを得ない諸事実を知るに至った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度は研究分担者堀口がラトビア・リトアニア調査において質・量ともに予想をはるかにを上回る成果を挙げ、極めて意外な事実が判明したので区分を(1)とする。上記2国にエストニアを加えたバルト3国はいずれもEUとNATOの加盟国であり、旧ソ連内であるにもかかわらず「西側」の最前線となってロシアと経済的および軍事的な緊張関係にある。しかし同時に、そこではロシア人をはじめとするロシア語系住民がラトビア40%, リトアニア8%, エストニア30%に近い高率を占めてもいる。にもかかわらずこの3国はいずれも独立後の国家語としてラトビア語、リトアニア語、エストニア語のみを採用し、ロシア語には何の地位も与えていない。のみならず各国とも国家語の使用を強制する立法により国家語検定試験の受験を義務化し、ロシア語の使用を縮小すべく「言語警察」的行政機関を設けて自国民の言語使用を監視している。例えばラトビアにおいては、年齢にかかわらず1940年6月(=ソ連軍侵攻と併合)以降に移住して来た者は検定試験に合格しないと参政権すらない「非市民パスポート」しか取得できない。さらに、ロシア語系の若者がラトビア語を習得してバイリンガルとなった場合には国家語単一話者よりもかえって就職しやすくなるという現実が出現すると、「企業が人材の採用条件に外国語の能力を掲げることを外国語が絶対に必要な企業に限る」という立法まで行い、バイリンガリズムの伸張すら妨げている。残る2国でも同様に「言語警察」的行政機関が存在し、国家語の検定試験に合格した者以外には自国での就職を困難とするような政策がなされている。こうした言語政策がロシアとの緊張関係を一層高めていることは言うまでもないが、それが西欧諸国や米国からさほど強く「人権侵害」問題とされず、また我が国のメディアでも言及されないのはそれが「西側」内部で行われているからとしか説明できない。
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Strategy for Future Research Activity |
上述のように警察的手段までをも用いてロシア語を排除しようとしているバルト3国以外においても、現時点の旧ソ連諸国では言語と文字をめぐって相反するベクトルの動きが同時進行している。例えば、資源大国カザフスタンは経済発展に自信を深め、国営テレビのロシア語からカザフ語への全面移行とカザフ語のキリル字からラテン字への移行という政策を実行に移しつつある。他方、ウズベキスタンにおいては独立直後の経済混乱に加え、ウズベク語を公用語化してロシア語に何の地位も与えず、しかも突然ウズベク語をキリル字からラテン字に移行させるという政策に対する反発からロシア語系住民の多くが出国してしまった。しかし同国はそもそも著しい多民族国家であり、しかもウズベク人自身の多くもラテン字が読めないためウズベク語のキリル字表記のほか看板や公用文書でのロシア語使用を再び認めざるを得ないこととなり、さらに最近ではウズベク人自身がウズベク語単一使用の不利益さに気付いて自らの子供をできればロシア語で教える学校へ通わせたいと考えるという独立直後とは正反対の事態に立ち至っている。多民族国家ウズベキスタンは独立後20年を経てようやく彼らにとっての「民族間共用語」となれるのはロシア語以外になく、それが必要であることに気付いた。しかし、もし20%以上のロシア系国民を抱え、長い国境線のみを隔ててロシアと接している資源大国カザフスタンが今後バルト3国のように強権的な手法でロシア語使用を縮小させ、ラテン字のカザフ語を国民に強制したら何が起こるのだろうか。これは決して注視を怠ってはならない事態である。そして、これと同種の問題を旧ソ連諸国の全てが共有しているのである。今年度以降は各国の言語政策にも注目し、聞き取り対象者やコーディネーターの個人情報保護の必要性の認識を研究チーム全員で徹底しつつオーラルヒストリーを採集・分析し、公開の研究会を行う。
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Research Products
(7 results)