2016 Fiscal Year Annual Research Report
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16H06695
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
前之園 望 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 助教 (20784375)
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Project Period (FY) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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Keywords | フランス文学 / フランス近代詩 / アンドレ・ブルトン / シュルレアリスム / 自動記述 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は20世紀フランスの詩人アンドレ・ブルトンの詩学を明らかにすることにあり、中でも彼の提示する「自動記述」という概念に対してどのようなアプローチが可能かを検討することが大きな課題のひとつであった。平成28年度の研究活動を通して明らかになったのは、ブルトンは1930年代に自動記述の探究を一時的に棚上げした、ということであった。彼は1924年の『シュルレアリスム宣言』(以下『宣言』)において大々的に自動記述の称揚を行ったが、約10年後の1933年に「オートマティックなメッセージ」というテクストで自動記述の相対化を行うことになる。これはつまり、30年代以降のブルトンの詩法は必ずしも自動記述に基づくものではないということである。このことを敢えて断言する研究はこれまでに例がなかったが、この視点を明確にすることには、ブルトンの詩学を解明する上で様々なメリットがある。たとえば、従来、ブルトンが『宣言』において自動記述の不動の理論を打ち立てたにもかかわらず、彼の手稿に書き直しの痕跡が見られるのは矛盾であり欺瞞である、という主張が、特にブルトンに批判的な言説においてなされることが多かったが、この批判は少なくとも30年代以降のブルトンの詩に関する限り、的外れなものであることが分かる。さらに、自動記述の相対化という視点を導入することで、この詩法の転換が起こる前後それぞれの時期のブルトンの詩法の変遷を、より正確に分析することができるようになる。1932年に書かれた「A・ロラン・ド・ルネヴィルへの手紙」を参照すれば、『宣言』で提示された自動記述の理論は決して完成されたものではなく、20年代を通してブルトンはその可能性を模索していたことは明らかであり、自動記述の内実を不動のものとみなす前述の批判は、この点においても有効性を失うことになるだろう。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の予定では本年度は1919年から1948年までのブルトンの詩法の変遷をたどることにしていたが、前述の通り、そこには1933年に大きな断絶があることが明らかになった。そこで便宜的に1919年~1933年までをブルトンの詩法変遷史の第一期、1933年~1948年を第二期と呼ぶことにすると、本年度の研究活動はそれぞれの時期の本質的特徴の一端を明らかにすることに成功し、その限りで当初の目標は達成されたと言える。 第一期は自動記述の可能性探究の時代にあたり、当初は段落形式に依拠したいわゆる散文詩作品が中心であったが、次第に詩句ごとに改行を行う自由詩作品の占める比重が大きくなる。これは、一つの始点から一つの終点へと単線的に進行する緊密な詩法が、詩句ごとに語り直しの可能性が導入され作品内に複数の始点を含み持つ開かれた詩法へと変化したということであり、結果的に自動記述の射程は大幅に拡大した。第二期においては、オートマティスムの新たな探究が行われる一方、現実空間に変更を加え強制的に現実を上書きしてしまう一種暴力的なブルトン独自の詩的描写の可能性も同時に模索されることになる。この詩的描写の可能性はまず、詩句と日用品とを組み合わせ新たな詩的現実を出現させるポエム=オブジェ作品の制作を通じて実験的に試みられ、次第に描写対象の規模を広げることでその実効力を拡大したのだった。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究で明らかにしたブルトンの詩法変遷史の第一期、第二期の分析の総括を行うと共に、続く第三期(1948年~1966年)の分析を行い、ブルトンの詩学の全体像の通観的展望の素描を準備する。紀要論文の作成や学会発表などの機会を利用してその研究成果を発表する。
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[Book] 換気口2016
Author(s)
アニー・ル・ブラン(前之園望訳)
Total Pages
162
Publisher
エディション・イレーヌ