2016 Fiscal Year Annual Research Report
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16H07119
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Research Institution | Kyoto City University of Arts |
Principal Investigator |
永守 伸年 京都市立芸術大学, 美術学部/美術研究科, 講師 (70781988)
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Project Period (FY) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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Keywords | 信頼 / イマヌエル・カント / 倫理学 |
Outline of Annual Research Achievements |
研究計画にしたがい、初年度は研究目的A:「「信頼」に対する哲学的な概念分析」を遂行した。申請者はこれまでの研究から、現代倫理学の信頼研究を次の二つのタイプに区別することができると考えた。 第一に、「ホッブズ的信頼」である。ホッブズ以来、理性に基づく契約によって相互不信から脱却するというアイデアが提示されてきた。このアイデアの成否は秩序をめぐる「ホッブズ問題」として、社会科学が取り組むべき基本的課題となっている。本研究はこの「ホッブズ問題」の現代倫理学における展開を、D・ゴーティエ等の契約論的信頼論を分析することによって明らかにした。第二に、ヒューム的信頼である。現代倫理学では理性ではなく、むしろ感情的交流によって信頼が結ばれるというアイデアも提示されてきた。このアイデアはホッブズの契約論に対するヒュームの批判をなぞる仕方で、A・バイアーに代表されるヒューム主義者によって主張された。本研究は、この主張を「感情主義的信頼論」として継承するK・ジョーンズの研究を批判的に検討した。 以上の作業を通じて、本研究はこれら二つのタイプの信頼を(1)理性主義的信頼論と(2)感情主義的信頼論として分析した。このような分析は、学際的な共同のすすむ現在の信頼研究にとって基礎研究としての役割を果たすだけでなく、感情主義と理性主義の対立の克服という倫理学の根本問題に独自の回答を与えようとするものである。さらに、本研究は二つのタイプの信頼を考察するにあたって、心理学、神経科学、社会学、経済学をはじめとする学問諸領域の最新の成果を援用した。このように信頼概念を基軸として領域横断的な研究方法を採用することで、高い専門性のもとに「たこつぼ化」された哲学の領域に、学際的な展望をもたらすことができたと考える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究は、当初の計画以上の進展を遂げることができた。理由は以下の二点である。 まず第一に、本研究の研究成果が広く研究者コミュニティの批判に開かれ、討議を通じてブラッシュアップされたことが大きい。本研究は信頼概念を(1)ホッブズ的信頼と(2)ヒューム的信頼の二つのタイプに分けて区別したが、このうち(1)をめぐる分析は申請者が参加している「安心信頼技術研究会」の研究発表において、(2)をめぐる分析は「大阪大学哲学ゼミナール」の研究発表において詳細な検討にふされ、それぞれ論文としての刊行が予定されている。とりわけ(1)の研究成果は、今年度に発刊が決定されている共著『信頼研究の学際化』(勁草書房)を通じて、広く社会に公表される予定である。 第二に、申請者が所属する京都市立芸術大学におけるアート・プロジェクトを通じて、信頼研究の基礎理論が実践によって鍛えられた経験も挙げられる。とりわけ、申請者が参加したプロジェクト「オープンキッチン」では、障害者アーティストと京都市立芸術大学の学生との信頼関係の構築が一つの目的に据えられ、アート作品の共同制作を通じた相互行為に参加する機会に恵まれた。その報告は「応用哲学会」をはじめとする哲学系の諸学会を通じて予定されている。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度の信頼研究の成果をカント主義倫理学に適用し、これを再構築するのが次年度の目的である。従来のカント主義倫理学は、理性主義に立脚するゆえに「形式主義」や「関係性の看過」を批判されてきた。だが、これらの批判に応答するために感情主義に依拠すると、今度は理性主義の主張する社会正義の普遍性を犠牲にせざるをえないという問題がある。本研究は信頼という概念を導入することによって、この問題のジレンマが見せかけのものに過ぎないことを示す。 (1)まずはカント主義倫理学の文献研究を遂行し、理性に基づく道徳性の確立によって信頼関係が結ばれるという「カント的信頼」を提示する。その上で、初年度の研究によって得られた「信頼の多層理論」に基づき、そのような信頼とは異なる次元で「感情的信頼」が機能することを明らかにする。 (2)信頼がカント主義倫理学において大きな役割を果たすことは多くの論者によって指摘されてきた(O’Neill: Trust and Autonomy [2002])。それは、普遍的な道徳性にしたがった人々の相互理解によって、信頼関係が築かれるという「カント的信頼」である。申請者はこの信頼論が「ホッブズ的信頼」の依拠する道具的理性ではなく、カントの主張する道徳的理性に支えられることを示す。 (3)しかし、カント自身はそれとは異なる次元の信頼も示唆している。すなわち(a)相互理解によって可能となる信頼ではなく、むしろ(b)相互理解を可能とする信頼のありようが、普遍的な美を前にした人々の感情的交流によって提示されている。申請者は『判断力批判』の文献研究を通じて、カントの思想に(b)のレベルの信頼が「ヒューム的信頼」と同様の仕方で見出されることを示す。
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Research Products
(3 results)