2016 Fiscal Year Annual Research Report
16世紀スコットランドにおける自国語文化の形成過程を探る
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16H07227
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Research Institution | Tokyo University of Science |
Principal Investigator |
張替 涼子 東京理科大学, 理学部第一部教養学科, 講師 (70778175)
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Project Period (FY) |
2016-08-26 – 2018-03-31
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Keywords | 翻訳 / 政治観 / 帝国主義 / 書き込み |
Outline of Annual Research Achievements |
1. The Mar Lodge TranslationのBook 16の転写を終わらせた。 2. Book 12とBook 13において共通して使用されている単語dauntが作者の政治観を反映している事に注目し、この単語の扱われ方を中心に、ラテン語の原文、ベレンデンによる翻訳、The Mar Lodge Translationにおける翻訳を比較考察した。その結果、国王を唯一の統治者とするスコットランド国内において、国王の存在を脅かす存在である地方の豪族(原典ではtyrant)が討伐される描写に限ってこのdauntという単語が使用されている事を明らかにした。このことからThe Mar Lodge Translatorもベレンデンと同様にスコットランドを国王を中心とする帝国として捉え、国内の帝国主義政策を支持する立場にいたと結論づけた。しかし、これはあくまでBook 12及びBook 13のみに当てはまる結論であり、翻訳者の政治観の全体像を捉えるにはさらなる研究の発展が必要となる。 3. ニューヨーク、ピアポント・モーガン図書館に写本の調査に行った。写本全体を詳しく調査した結果、次の2点が判明した。まず、紙の透し模様の調査より、この写本の制作時期が少なくとも1530年以降であることがわかった。次に、書き込みの調査により、この写本が1600年頃にはJames LawというFife州Dysartの麦芽製造人(麦芽業者)が所有しており、その後彼の息子の手を経て、個人的に知り合いであったと考えられるGeorge Lundieの手に渡ったことが判明した。つまり、限られた地域のサークル内のメンバーからメンバーへと回覧された写本の様子が見て取れる。今後は写本の内容などからも翻訳者の素性を探っていく。特に、Book 13にはその手がかりとなりそうな一文があるため、さらなる考察を行う。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の予定よりもやや遅れているのは本文の分析である。Book 16の転写を終わらせたものの、その内容の分析がまだ終わっていない。これは本来ならば29年度に行う予定であったBook 12の内容分析を28年度に行ったこと、またその結果、本来は予定していなかったもののBook 12との比較考察が必要となったBook 13の内容分析に時間が取られた事による。しかし、Book 13の分析は結果的にBook 12の分析をサポートする重要な役割を果たすこととなった。さらに、なかなか原典から逸脱することがないのがこの翻訳者の特徴であるが、Book 13の中に翻訳者の解明に繋がる可能性のある原典からの逸脱を見つけることができたのも大きな成果であった。そのため、この遅れが研究そのものの遅れとは考えていない。 予定以上に進んでいるのは写本の現物に関する調査である。写本調査は予定していた3月ではなく1月に行うことができたため、予定よりも調査結果の分析に時間を取ることができた。国内では書物の来歴を探るのは容易ではない。それに必要なレファレンスが決定的に不足しているからである。しかし、科研費で購入したレファレンスによって写本の過去の所有者数名の特定に至った。これは写本の来歴を探る第一歩となるため、大変意義深いことである。 以上のことから、本研究は計画通りの進行方法とは言わないが、概ね計画していた程度の進捗状況と言えるだろう。
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Strategy for Future Research Activity |
29年度は28年度に行ったBook 12及びBook 13の分析結果を踏まえた上でBook 16とBook 1の分析を行う。引き続き、翻訳者の政治観などを探る本文分析を行うが、Book 12とは時代が異なることから、ジョン・ベレンデンによるBook 16の翻訳との比較考察から始める予定である。さらに、翻訳者の翻訳方法、翻訳理念などについても考察する。また、Book 13でみられたような、翻訳者による原典からの逸脱の有無についても調査していく。これらの内容の分析から翻訳者個人に関する情報がどれだけ見つかるかはまだわからない。結果によっては翻訳者自身の経歴などの調査に多くの時間が取られる可能性もあるし、翻訳者の翻訳方法などの分析に重きを置く事になる可能性もある。いずれにせよ、この写本の全体像を少しずつ明らかにしていく作業には変わりはないと考える。 このようなテクストに関する分析と並行して、写本そのものの来歴調査も行う。最も重要な問題は翻訳者の素性を解明することであり、これはBook 13で発見したグラスゴーの大司教との関係と過去の研究者の意見(Dundeeの教会関係者)の双方から可能性を探っていく。また、写本の作成に関わった写字生についても考察を加える予定である。さらに、過去の所有者数名がDysart周辺の出身であることからこの写本の流通についても考察したい。その際には、写本への書き込みの調査も行うことになる。そこからこの写本の所有者がどのように写本を読み、また使っていたのか、ということも明らかになるだろう。 最終的には、ジョン・ベレンデンの翻訳とほぼ同時に作成されたこの翻訳がどのような目的のもと制作されたのか、そしてそれがスコットランドの自国語文化の形成にどのような意味を持つのかを明らかにする予定である。
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Research Products
(2 results)