2017 Fiscal Year Annual Research Report
16世紀スコットランドにおける自国語文化の形成過程を探る
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16H07227
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Research Institution | Tokyo University of Science |
Principal Investigator |
張替 涼子 東京理科大学, 理学部第一部教養学科, 講師 (70778175)
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Project Period (FY) |
2016-08-26 – 2019-03-31
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Keywords | 翻訳 / 自国語文化 / 近世スコットランド / 写本 |
Outline of Annual Research Achievements |
Mar Lodge写本が製作された過程を調査すべく、昨年度に行った現物調査及び写本の内的証拠を考察した。まず、写本に使用された紙にある透し模様から、写本に使用された紙が生産された時期が1526年から1530年であることが判明した。写本の本文では、当時の国王の年齢に言及する際に翻訳者が原典を改変していることから、翻訳者が1531年頃にこの作品に取り組んでいたことが推測される。これらの外的証拠と内的証拠から得られる結果の一致から、写本が1531年頃に製作されたと考えてよいであろう。これはもう一つの翻訳、ジョン・ベレンデンの『スコットランド年代記』の写本版が製作された時期と重なるため、どのような経緯で同じ作品を2人の人物が別々に翻訳することになったのか、両者の関係性をさらに考察する必要があると考える。 上述の問題を考える際に重要となるのは翻訳者に関する情報である。これまでも指摘されたことがあるが、この翻訳者はGeroge Crichtonなる人物と関係が深い可能性がある。原典から滅多に逸脱することのない翻訳者が本文を改変し、この人物の名前を挿入している箇所があるからである。しかし、同様にGavin Dunbar(グラスゴーの大司教)の名前と彼を讃える言葉が原典から逸脱して挿入されている箇所が見つかっている。これらのことを踏まえ、この翻訳者の素性を解き明かしていくことが今後の課題となっている。というのも、両者とももう一人の翻訳者ジョン・ベレンデンと知り合いであった可能性が極めて高いのである。この問題を解き明かすことで、この時代のスコットランドにおける自国語文化、特に翻訳作品の製作環境が明らかになるはずである。 以上のような問題については7月にグラスゴーで行われた学会で発表を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
翻訳者に関する情報を入手するには本文を全て原典と比較する必要があり、そのような作業が思った以上に時間がかかることがわかった。この写本の転写も同時に進めていたが、転写にも時間がかかるため、転写をしてから原典との比較をするという作業に時間を取られてしまう。29年度は切迫早産のため、研究そのものができない体調となってしまったことも研究が遅延した理由である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は研究実績の欄で述べた課題に取り組んでいく。原典と翻訳の比較を進め、翻訳者に関する情報や写本そのものの成立過程に関するを収集する一方で、翻訳そのものについても考察をしていきたい。わからないことばかりの写本であるがゆえに、これまで翻訳者の素性や翻訳が製作された過程などを解明することに時間を費やしてきたため、今後は翻訳そのものの特徴、翻訳者の政治や社会に対する考え方などを追求していきたい。28年度に執筆し、本年に出版された論文ではこのような問題(翻訳者がどのようにスコットランド国王の国内支配、特に帝国主義的支配について考えていたか)について論じたが、この論文の内容が高く評価された。今後もこの問題については考察を続ける予定である。 ただ、上述の問題を考察していくためには当初予定していたBook 1, Book 12, Book 16以外の章も調査する必要が出てくる可能性があり、その場合は調査の範囲を調整する可能性もあると考える。 いずれにせよ、写本の外的証拠、本文の比較から判明する翻訳者に関する情報とテクストから浮かび上がる翻訳者の考え方や姿勢、イデオロギーなどを総合的に考察することで、Mar Lodge Translationの全体像を捉えていくことを研究の目標とする。
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Research Products
(2 results)