2016 Fiscal Year Annual Research Report
ローマ支配下のギリシアにおける植民市研究―コリントスと周辺地域の関係を中心に―
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16J00032
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
伊藤 嘉純 名古屋大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | ギリシア / 植民市 / コリントス / 三頭政治 / 指導者層 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、前44年の植民市創設から1世紀初頭のアウグストゥス治世までを中心に、初期のコリントス社会に関する調査を行った。そこで、当該期の上流階層をめぐる状況に関して、以下のような知見が得られた。 第一に、初期の二人官のプロソポグラフィと彼らの構成を詳細に分析した結果、コリントスでは三頭政治の終結した前30年ごろを境として、指導者層がアントニウスの部下を中心とする勢力から、イタリア系商人(ネゴティアトル)の家系やその解放奴隷らのグループへと移っていったことが確認された。これは、アクティウムの海戦でのアントニウスの失脚とそれに伴う政局の変化を反映していると同時に、コリントスにはすでに創建当初から後者のグループが進出し、相当の影響力を有していたことも示唆している。そのことから、前30年以後の政治体制の転換期において、コリントスでは比較的速やかに指導者層の交代が進んだと考えられる。この点はその後のコリントスにおける社会階層の形成や固定化との関連で、重要な視座を与えるものであろう。 第二に、アウグストゥス治世初期において、コリントスは皇帝による新たな支配体制への支持を表明する場として機能していたことが、近年確認された外部出身エリートの活動事例から読み取れた。これは、コリントスが従来の想定よりも早い段階で、外部のギリシア人エリートの活動の場となっていたことを示すだけでなく、とりわけ、1世紀以降のコリントスで増加するギリシア人エリートの活動の背景を探るうえでも、重要な手がかりを与えるものと考えている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初の計画では、1年目にコリントスの都市住民全体を上流階層とそれ以外の下層民に区分したうえで、それぞれの実態を調査・検討する予定であったが、現時点で後者に関する検討が十分にできていない。これは、初期のコリントスにおける社会階層の実態を考察するにあたり、すでに植民者の入植が行われていた前44年以前の状況についても調査する必要が生じたためであり、都市指導階層を除く都市住民に関しては、十分な史料収集と分析の時間をとることができなかったからである。そのため、この都市下層民に関しては、以下に記すように、改めて来年度の課題として取り組むつもりである。 また、コリントスで活動した外部出身のギリシア人エリートに関しても、彼ら自身と出身都市、あるいはその周辺地域との関係性をめぐって、当初の予想よりも多くの問題が存在することが分かってきた。そのため、当初の想定よりも多くの時間を要することが予想される。これらの事情も考慮して、やや遅れていると判断した。
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Strategy for Future Research Activity |
基本的には当初の計画に従って研究を進めていくが、1年目に取り組むことのできなかった課題については2年目の課題とし、今後も新たな問題点や課題が浮上した場合には、計画を変更するなど、随時調整を重ねながら対応していく。 来年度は、10月を目安に前半と後半に分け、前半では1世紀以降の上流階層の動向に焦点を当てる。この時期のコリントスでは、外部のギリシア人エリートによる進出と都市の枠を越えた有力家系同士のネットワークの形成が盛んに見られ、これらは植民市を他のギリシア諸都市を結び付ける役割も果たすとともに、社会上流階層におけるコリントスの政治的、経済的、文化的位置付けの変化を反映していたと想定される。そこで、彼らがコリントスに進出した具体的な背景を、コリントス内外での活動および出身地域との関係から明らかにする。とりわけ、帝政初期にアウグストゥスの知遇を得て権力を握った、スパルタのエウリュクレスについては、出身地域での立場が依然として曖昧である一方、前述した初期のエリートの事例との共通点も多く、重要な事例であると考える。そのため、夏期にはギリシャで関連史料と文献の調査を実施する。 後半は、都市下層民に関する研究に取り組む。これらの人々については、当初の計画通り、叙述史料および考古学史料をもとに、その活動や生活の実態に関して分析を行い、他の都市との比較・検討に取り組む。とりわけ、コリントスの場合には、数多くの叙述史料からその状況をある程度読み取ることができる。それらの情報をベースに、彼らの社会的出自と、当時の経済的、商業的、あるいは祝祭行事や競技会などの文化的背景に留意しながら、コリントスへの流入の背後にあった動機を検討する。 3年目は、2年目の検討した内容を踏まえ、上流階層とそれ以外の下層民双方の複合的な視点から、帝政期のギリシアにおけるコリントスと周辺地域との関係性を探っていく。
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