2016 Fiscal Year Annual Research Report
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16J00091
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
篠嵜 美沙子 東京大学, 大学院総合文化研究科, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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Keywords | カイラルらせん磁性体 / 平均場近似 / 有限温度 |
Outline of Annual Research Achievements |
我々は有限温度カイラルらせん磁性体の相転移現象を明らかにするため、三次元の格子モデルをたて、平均場近似を用いた解析を行った。(1) まず自由エネルギーのプロファイルを詳細に調べたところ、一次転移の可能性を示唆するダブルミニマム構造が、あるパラメーター領域で存在することが判明した。(2) 平均場の結果と、全領域で二次転移であることを示唆するモンテカルロ計算 [Y. Nishikawa and K. Hukushima (2016)] との間の矛盾を解決するために、平均場で見られている自由エネルギーのダブルミニマム構造の、エネルギーバリアの評価を行った。ここから、熱ゆらぎの効果にかき消されることなく一次転移の振る舞いを観測できる必要条件として、最小のシステムサイズを導出した。(3) 次に、一次転移の際に生じる自由エネルギープロファイルのダブルミニマム構造、および磁化曲線の “とび” の振る舞いを相境界に沿って詳細に調べ、一次転移と二次転移が入れ替わる三重臨界点と多重臨界点の存在を明らかにした。(4) また、カイラルソリトン格子相の内部で、孤立ソリトンの振る舞いを観察し、ソリトン間相互作用が引力から斥力に入れ替わるクロスオーバーラインを明らかにした。このラインは多重臨界点で相境界と交差する。以上の結果により、これまでコンセンサスが得られていなかったカイラルらせん磁性体の相転移の次数に関する議論に一定の所見が得られた。また臨界点の起源が明らかとなったという点で重要な成果である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、クロスオーバー領域を含む広い温度領域で、カイラルらせん磁性体の相図を明らかにしたものである。【研究実績の内容】では相転移とらせん秩序相内のクロスオーバーについて触れたが、我々は高温・高磁場側における一様相のクロスオーバーの振る舞いについても解析を行っている。高温側における常磁性状態は、高磁場側における強制強磁性状態に連続的に変化する。我々は、帯磁率から求めたクロスオーバーラインが、カイラルファン構造とも呼ぶべき新たなスピン構造とも関連していることを明らかにした。一次転移の発見は他の研究グループに先んじられたが[V. Laliena et al. (2016)]、界面エネルギーの評価からヒステリシスの観測可能性について定量的議論を行った点と、多重臨界点および三重臨界点の起源を明確にした点、および高温低磁場領域でカイラルファン構造という新奇な構造を発見した点が評価される。 一方、有限サイズ効果という観点で、この系はとくに顕著な性質を持つ。近年、実験的に、二次転移の領域であるにも拘らず試料の大きさに依存する大きなヒステリシスが生じることが発見された。これは試料の有限サイズ効果から生じると推察されたが、ヒステリシスと有限サイズ効果との関連についてはこれまで理論的に研究されて来なかった。我々は有限サイズの系の自由エネルギーの振る舞いを解析し、磁場中でソリトン数に対応する小さな準安定状態が多数存在することを示した。さらに、実験で行われる減磁過程を再現することを目的に解析を行った結果、臨界磁場の0.4倍の磁場においてソリトンが一気に侵入する振る舞いが捉えられた。これは実験で見られるヒステリシスの振る舞いに酷似する。実験家と協力して二次転移領域で見られるヒステリシスの起源を明らかにした初めての研究として、この成果は高く評価される。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに我々の研究で示された有限サイズ効果とヒステリシスの関係は、試料の形状依存性に関して、実験結果と矛盾している。実験的には試料を小さくするほどヒステリシスは顕著になるが、我々の解析結果が示すところによると、ヒステリシスは試料の端の効果に由来し、試料を大きくするほどヒステリシスが顕著になっていく。我々はこの矛盾がソリトンの転位 (dislocation) が試料内に生じているためではないかと考え、dislocationのエネルギーを見積もることを今後の課題とした。温度勾配や磁場勾配をかける、または境界条件などを変えることによってdislocationを生成し、実験結果との定量的比較から試料内部の構造を明らかにする。 また、これまでの我々の研究は主に外部磁場をらせん軸に対して垂直方向にかけた場合の解析を行って来たが、近年では斜め磁場を入れたときの効果に注目が集まっている。斜め磁場を入れたときも、一次転移と二次転移が入れ替わる三重臨界点もしくは多重臨界点が存在することが理論的にも実験的にも示唆されている。しかしこれらの臨界点の起源はまだ解明されていない。我々は、カイラルソリトン格子相の内部でのクロスオーバーラインを引いたときと同様の解析を行うことにより、ソリトン間相互作用という観点から臨界点の起源を明らかにすることができるのではないかと考えている。 以上の研究計画は、予算申請時の計画 (カイラルらせん磁性体YbNi3Al9系およびCsCuCl3系の研究を行うことを目的としたもの) とは異なるが、まずはCrNb3S6系の研究を完結させ、物性の全容を明らかにするという目的の上で重要である。
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Research Products
(9 results)