2016 Fiscal Year Annual Research Report
15世紀後半の「無原罪の宿り」をめぐる神学論争がマリア図像に与えた影響について
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16J01321
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
福田 淑子 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2018-03-31
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Keywords | 教理の視覚化 / 教皇シクストゥス4世 / 無原罪の宿り / 神学論争 / 一義的図像 / 説教 / 議論 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、15世紀後半以降に制作された「無原罪の宿り」の教理を一義的に示す図像(以下、一義的図像)の成立と、それに伴うマリア図像の変化について、教理を巡るフランシスコ会(擁護)とドミニコ会(反対)の神学論争を背景とした教皇シクストゥス4世(以下、教皇)の関与を軸に考察している。 ●研究方法 「議論」に分類される一義的図像の検討を、ヴィンツェンツォ・フレディアーニ作《無原罪の宿り》(ルッカ、1502年)を対象として3つの論点から集中的に行った。①図像にアンセルムス、アウグスティヌス、スコトゥスが描かれた意味、②『エステル書』が「無原罪の宿り」の予型として図像の典拠とされた理由、③「議論」を含む一義的図像が北・中部イタリアに偏在した理由。以上について、現地調査(ルッカを中心としたトスカーナ州)、契約書と図像内容の比較検討、図像学及び神学(スコトゥスの解釈、教皇の説教)双方の視点からの図像解釈、一義的図像の収集、分類、分析を実施した。 ●成果 対象図像に関する考察はほぼ終了し、一義的図像成立への教皇の関与についての確信を持ち得た。特に、スコトゥスの『オルディナチオ(Ordinatio)』、及び、教皇が登位以前にパドヴァで草稿を作成した「無原罪の宿り」の祭日説教(L’orazione della Immacolata)(以下、祭日説教)と図像の関連付けによる考察は極めて有益であり、以下の見解に至った。①について、教皇が公認した教理を擁護するスコトゥスの意見(特に立論方法)を視覚化し、教理の神学的正当性を誇示する目的があった。②について、「執り成しにより民を救った知恵ある女性」と祭日説教に著されるエステルを、教皇のイメージする「無原罪の宿り」であるマリアの予型として可視化する意図があった。③について、図像分布が、直接教皇と関わった2人のフランシスコ会説教師の説教活動域にほぼ準じている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
●「議論」に分類される一義的図像についての考察は、論点毎に3本の論考にまとめ、指導教授に提出している。成果①については、教父研究会において口頭発表(6月)を行い、論考は平成29年度の会誌への掲載を予定している。成果②、③についての論考は、平成29年度に学術誌への掲載を予定している。また、現地調査の成果について、イタリア歴史文化研究会で報告(10月)を行った。 ●一義的図像の研究対象であるカルロ・クリヴェッリ作《無原罪宿り》(マルケ、1492年)(以下、図像)について、2つの論点から考察を進めている。 ①図像は、パドヴァからアドリア海沿岸を経由して中部のウンブリア、マルケ地方において「無原罪の宿り」図像として完成されたものである可能性が強い。理由1、ウンブリアには図像との類縁性が認められる作例が複数存在する。理由2、パドヴァで教皇と直接関わりのあった画家が、後にウンブリアで活動していたと推察され、更に、クリヴェッリとの接触が確認され得る。 ②図像が、伝統的な「太陽の聖母」図像に遡るものであり、教皇が関わった「贖宥」を介して普及した可能性が強い。理由1、教皇は、自身が作成した祈りを「太陽の聖母」のイメージの前で唱えた者に対して贖宥を与えた。理由2、教皇は祭日説教の中で、『創世記』の光に言及し、太陽の光とマリアについての関係を指摘している。②については一部、日本宗教学会学術大会の口頭発表(9月)において指摘した。発表内容については加筆して論考にまとめ、平成29年度の紀要への掲載を予定している。 ●祭日説教と一義的図像の関連付けについての検証、及び祭日説教のラテン語邦訳作業を引き続き行っている。原本が国内にて入手不可能であり、先行研究に依拠せざるを得ない状況であるが、現在、海外の図書館での閲覧、及び入手にむけて準備中である。
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Strategy for Future Research Activity |
①本年度の成果をもとに、クリヴェッリの《無原罪宿り》図像解釈に取り組む。「太陽の聖母」と教皇の祭日説教を関連付け、教皇のイメージがいかに図像に反映しているかに主眼をおく。現在、図像が所蔵されているロンドン・ナショナル・ギャラリー及び大英図書館、ウォーバーグ研究所で文献及び資料収集を実施する。最終的に図像学、神学双方の視点から図像解釈を行い、図像的にも思想的にも教皇のイメージを可視化したものであり、スコトゥスの意見に基づいたものであることを明らかとする。 ②一義的図像の対象とした先の2図像の考察を踏まえ、「無原罪の宿り」の先行図像である「聖母被昇天」について、ドミニコ会のカラファ礼拝堂内に制作されたフィリッピーノ・リッピ作《聖母被昇天》(1493年)とフランシスコ会出身の教皇シクストゥス4世が献堂したシスティーナ礼拝堂内に創設時制作されたピエトロ・ペルジーノ作《聖母被昇天》(1483年)(既失)の比較検討を行う。 ●両図像の類縁性は先行研究が指摘しているが、いずれも図像学的観点に留まるものである。本研究は更に神学的解釈を加え、教皇シクストゥス4世を軸に考察することで、制作背景にある「無原罪の宿り」を巡る神学論争の存在を明らかにする。 ●カラファ礼拝堂は、寄進者ドミニコ会保護枢機卿オリヴィエロ・カラファにより聖母とトマス・アクィナスに奉献された。この事実から、トマスの思想と図像との関連付けによる検証を『神学大全』を手掛かりに進める。 ●結果として、礼拝堂祭壇画はトマスのマリア論(「無原罪の宿り」に反対、ドミニコ会が公認)を表出したものであることを明らかにし、神学論争を背景に、敢えて「聖母被昇天」を主題として選択した寄進者カラファの意図には、教皇シクストゥス4世とフランシスコ会への視覚上の競合意識という明確な目的があった」との見解を導く。
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