2017 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
16J02415
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Research Institution | University of the Sacred Heart |
Principal Investigator |
飯野 りさ 聖心女子大学, 文学部, 特別研究員(PD) (80758756)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | シリア正教徒 / 音楽 / アイデンティティ / スウェーデン / 中東 / 民族音楽 / クルド |
Outline of Annual Research Achievements |
2017年度が第2年目の本研究の実施状況は以下の通りである。本研究課題の主たる関心は中東の東方教会系キリスト教徒であるシリア正教徒共同体の音楽である。彼らは歴史的にはトルコ南東部やその周辺地域に居住してきたが、これら地域の政治情勢やそれに起因する人口流出等で現地調査が難しいため、主な移住先の一つであるスウェーデンでこれまで渡航調査を行ってきた。これは教会内で培われてきた典礼聖歌の伝統に関しては有効である。その一方で、教会の外で展開している世俗歌謡は、音楽的特徴・内容に関して上述の地域の多数派であるクルド人の音楽との関連が明らかになってきた。そこで第2年目は、研究の方向性を若干修正し、彼らの出身地である上述地域の音楽的背景を知るためにクルド音楽に関しても付加的であるが調査を始めることとした。そこで、2017年度はじめの時点で調査渡航が可能でありかつ情報が最も不足していたイラク北部のクルディスタン地域政府地区に4月末に渡航し、聞き取り調査等を行い、録音資料などを持ち帰ることができた。また、9月末にはスウェーデン在住のクルド語詩人ファルハード・シャーケリー氏の来日に合わせて、レクチャー・コンサート『中東の詩と音楽の夕べ:クルドの詩人をお迎えして』を実施した。主たる調査地であるスウェーデンでは9月と3月に各約4週間の渡航調査を行った。1970年代から90年代にシリアでの世俗歌謡創作活動の一翼を担い、その後、スウェーデンに移住し司祭職を務める人物に協力いただけるようになり、第3年目に調査内容をまとめるための地ならしができたように思える。2017年度もアラブ音楽関連のテーマで学会発表や講演を行った。シリア正教徒関連の研究成果に関しては、世俗歌謡に関する学会発表を今後行う予定となっており、その一方で、アラブ音楽関連の書籍についても2018年夏には出版の予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
第2年目は研究の方向性を修正し、クルド音楽に関する調査が加わった。そのため、シリア正教徒の音楽に関してはクルド音楽と関連性の高い世俗歌謡の調査を優先することとなったため、教会の典礼聖歌に関する調査は予定していたほどには進まなかった。しかし、典礼聖歌だけでなく世俗歌謡にも詳しい人物をインフォーマントとすることができたことから、2018年度はこれまで収集した情報の精査が、音楽面だけでなく言語に関しても進むものと思われる。クルド音楽研究に関しては、録音資料の分析や先行研究の精査、そしてクルド語の基礎学習等を進めた。この一方で、研究成果の公表が遅れ気味になっている。本の出版に関しては、2017年に博士論文を出版し、2018年夏にはアラブ音楽の入門書も出版の目処が立った一方で、計画していた手記の翻訳の出版計画はまだ手付かずになっており、2018年度中には何らかの目処を立てたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
2018年度が第3年目で、最終年度となっている。過去二年と同様に、年に二回、スウェーデンで現地調査を行う予定である。現在、典礼聖歌と世俗歌謡の調査を並行して行っており、可能な限りこれまでの研究成果の一部を公表できるようにしたいと考えている。しかし、これら二つの伝統はシリア正教徒の音楽活動の中核に位置しているが、役割が異なっている。典礼聖歌はこの集団の宗教・宗派的なアイデンティティ形成に貢献している一方で、世俗歌謡は典礼聖歌ではカバーできない部分、すなわち1915年の大虐殺や20世紀後半のディアスポラの記憶の共有を促す役割を果たしており、二つの歌謡分野とアイデンティティ形成のかかわりを統合して説明するために、理論的側面に関する研究を深める必要もあると考えている。なお、他の研究者二名とともに申請していた科研費基盤研究(B)『中東少数派の音文化に関する研究』が4月はじめに採択され、本研究と並行してクルド音楽の研究も本格的に行うこととなった。これに関しても海外渡航調査を行う予定である。
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Remarks |
2017年9月、ファルハード・シャーケリー(クルド語詩朗読)、飯野りさ(解説・邦訳朗読・ダッフ)、谷正人(サントゥール)、レクチャー・コンサート『中東の詩と音楽の夕べ:クルドの詩人をお迎えして』、基盤研究(C)「近世=近代イランにおける「帝国」統治の変容とクルド系諸侯」(代表者山口昭彦)主催、特別研究員奨励費「シリア正教徒共同体における音楽とアイデンティティ」(代表者飯野りさ)共催、聖心女子大学。
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