2016 Fiscal Year Annual Research Report
有限量子多体系精密計算法の開発と陽電子を含む原子分子系における新奇現象の開拓
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16J02658
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
山下 琢磨 東北大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | エキゾチックアトム / 陽電子 / 反陽子 / 反水素 / 共鳴状態 / ポジトロニウム |
Outline of Annual Research Achievements |
「陽電子原子」の研究では、陽電子原子研究の主流だった陽電子アルカリ原子と同様に、三体模型によって精度良く計算可能であると期待される陽電子銅原子を対象に、これまで報告されていなかった共鳴状態を計算した。この系は相互作用が陽電子アルカリ原子とわずかに異なるだけであるが、大きく異なる束縛状態の構造を示す。本研究により、陽電子アルカリ原子と同様に電子・陽電子間相関が束縛状態において顕在化していることを明らかにした。また、共鳴状態の生成機構は陽電子アルカリ原子と類似であるものの、そのエネルギーは大きくホスト原子のエネルギー準位に依存することが明らかになった。 「反水素・ポジトロニウム分子」の研究は、陽電子原子から分子へ研究対象を拡大する上で有効な系であると同時に、反水素を使った基礎物理法則の精密検証プロジェクトのひとつであるGBAR実験において重要な、反水素正イオン生成過程を考察する上で基盤となる系である。可能な全てのヤコビ座標系を取り込んだ束縛状態の計算を行い、その波動関数構造を明らかにした。各座標系の束縛エネルギーへの寄与を調べることで、束縛状態の粒子相関を分析した結果、分子状態のみを取り込んだ計算ではエネルギーの収束が遅く、反水素正イオンと電子という原子的な描像が大きく寄与していることが明らかになった。 「反水素・水素分子」は、陽電子をはじめとする物質・反物質反応の雛形となる。反水素・水素の化学反応は、水素分子形成では全く現れない機構を持つ。これまで断熱的な計算が主軸であったが、今回の計算により、非断熱的枠組みで共鳴状態のエネルギー・共鳴幅を決定することができた。陽子・反陽子の質量を仮想的にスケールすることで、これらの共鳴状態の性質を調べたところ、通常の断熱的な描像では説明できない振る舞いを示し、解離チャネルとの強い結合が示唆された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本研究では、陽電子を含む原子分子系において、通常の原子分子物理学では見られない量子力学的有限多体現象を開拓することを目的としている。このためには、束縛状態近似の散乱問題への応用と、陽電子を含む分子系への応用が研究課題を通した重要な問題である。散乱状態に埋もれた擬似的な束縛状態は、共鳴現象して現れる。これは束縛状態近似による計算では複素スケーリング法によって解析することができる。本年度の研究・プログラム開発において、陽電子銅原子や反水素・ポジトロニウム分子の四体系から、反水素・水素分子が形成する高励起状態の領域まで精度良く複素固有値問題を解く手法を確立できた。また、四体系の複雑な粒子相関を解析するための手法も確立した。散乱状態そのものを研究する手法は、本年度内にスウェーデンの散乱問題の研究者と数回議論をすることができ、方針は確立しつつある。プログラムへの実装は未到達だが、次年度に進める予定である。分子系への応用、すなわち、多粒子系の取り扱いは、これまで球面調和関数をあらわに用いる方法だったため、多体系への拡張は難しかったが、無限小変位ガウスローブ法を適用することで四体系以上の有限多体系も計算可能になった。現在、反水素・ポジトロニウム分子、反水素・水素分子を対象に計算を進めている。取り込む解離チャネルの拡張は達成できたが、展開関数の最適化に課題が見出された。反水素・ポジトロニウム分子では、多くの粒子配置・角運動量状態を混合する必要があることが判明した。反水素・水素分子では、初めて系統的に非断熱の枠組みで共鳴状態を計算することに成功した。一方で、弱い引力相互作用であるファンデルワールス力をより精密に再現することが次の課題として見出された。上記の問題を解決する一つの方法として、新たな基底関数系の開発を進めており、ヤコビ座標系が苦手とする粒子相関を効率的に取り込めることが示唆された。
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Strategy for Future Research Activity |
陽電子原子の共鳴状態は、元素周期表の中の重要な数種類の化合物についての知見が集まったので、本年度開発・実装したプログラムを応用して統一的な全体像を明らかにする。陽電子原子の共鳴機構、共鳴エネルギーや幅は、今後精密な実験的検証に必要な知見ともなる。また、系統的な解析はこれまで少ないことから、普遍的な陽電子原子の理解を深める上で重要な理論計算をなると期待できる。反水素・ポジトロニウム分子の計算は、束縛エネルギーの収束に課題がある。従来ヤコビ座標を基盤に計算を進めてきたが、質量分極を考慮したプログラム開発を進めることで精密な計算を達成できる見込みを得た。この系の共鳴状態には、三体系の共鳴を内包する四体系の共鳴が存在する。この現象は量子力学的な問題として興味深く、プラズマ中の原子分子共鳴というマクロな現象と有限多体系固有の現象を繋ぐ新しい考察対象である。反水素・水素分子では、高励起状態の記述方法は確立しつつあるが、四体系固有の現象と、三体系の共鳴現象に基づく現象を弁別して解析する必要がある。高励起状態と軽粒子が結合した状態のエネルギーの収束をより精密に吟味することが必要である。また、これまで取り込めていない物理的な配置を取り入れていく予定である。開発を進めている新たな基底関数系は、四体問題への適用が課題である。 今後も海外の共同研究者とコンタクトを取りながら議論を進めていく予定である。物質・反物質反応における非断熱的な効果は、従来の化学反応とは異なる機構であり、新奇現象として理解を深めたい。陽電子原子・分子も、四粒子を考慮することで初めて生じる量子力学的な現象や、実験上の実現可能性を見いだすことができたので、これらの理論計算を進めていきたい。
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Research Products
(10 results)