2017 Fiscal Year Annual Research Report
近代日本におけるシノロジー:総合的中国研究としての「支那学」とその可能性
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16J07221
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
水野 博太 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 島田重礼 / 漢学 / 支那哲学 / 明治時代 / 東京開成学校 / 草創期の東京大学 / 井上哲次郎 / 井上(楢原)陳政 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は主として,(1)東京大学草創期の漢学および「支那哲学」について,(2)近代日本における陽明学研究の形成過程について,(3)井上(楢原)陳政の漢学改革論について,という3つの課題に取り組み,その成果を発表した。 (1)については,新たな資料調査を行い,次の2点の資料を分析した。すなわち,①東京大学文学部(帝国大学文科大学)選科生であった高嶺三吉が残した講義筆記ノート(金沢大学附属図書館所蔵「高嶺三吉遺稿」),および②井上円了による井上哲次郎「東洋哲学史」筆記ノート(東洋大学井上円了研究センター所蔵)である。これらの資料を用いて,井上哲次郎が留学以前(明治17年以前)に行ったとされている「東洋哲学史」(支那哲学)講義について,その内容を復元かつ分析することができた。これにより,草創期の東京大学および帝国大学における「支那哲学」教育の実態を明らかにすることができた。また,この研究成果に基づき,前年度報告書で言及した論文をブラッシュアップし,また「高嶺三吉遺稿」の「東洋哲学史」筆記ノートについては翻刻を行い,『東京大学文書館紀要』第36号に投稿したところ,採用・掲載された。 (2)については,前年度から引き続き取り組んでいたが,今年度はその研究成果を論文としてまとめ上げ,『思想史研究』第24号に掲載した。 (3)井上(楢原)陳政は,主として明治20年代において,現状の漢学の形を不十分なものと捉え,そこに改革を施し,同時代を生きる隣国としての中国(当時にあっては清国)を取り扱う学問としての専門性を付与することによって,漢学に新たな「実用」性を持たせようとした。このような「実用支那学」の考え方は,近代日本における「シノロジー」のバリアントの一種と見ることができる。今年度は,この陳政の漢学改革論,および陳政に先立って同様の主張を行っていた重野安繹の漢学論について分析を行った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当該年度においては,2016年度に新たに課題として浮上した,東京大学草創期における漢学および「支那哲学」について,更に研究を進め,新たに資料分析を行うことにより,一定の成果をあげることができた。特に,井上哲次郎の講義筆記ノートの翻刻は,これまで資料の数に恵まれてきたとは言い難い東京開成学校・初期東京大学の教育の実態を伝えるものであると同時に,同じく資料に恵まれて来なかった初期井上哲次郎の研究においても価値を持つものと考えられる。一方で,帝国大学において長らく主導的位置にあった島田重礼の「支那哲学」については,依然として分析を要する点もあり,この点については次年度も調査研究を継続する。 また,高瀬武次郎研究については,本研究課題に特に関わりの深い時期(明治初期から同30年前後まで)については,これまで焦点の当てられて来なかった部分(『日本陽明学派之哲学』以前の陽明学解釈)に焦点を当てることができた。 当該年度においては,新たに井上(楢原)陳政の漢学改革論が課題として浮上した。というのは,当該年度の調査研究を進めて行く中で,本研究課題の中心テーマのひとつである「漢学から「支那哲学」への連続および断絶」を考えるに際し,陳政による,あるいは陳政に先行する重野安繹による漢学改革論や,ひいては明治30年前後にピークを迎えた,漢学のあり方を巡る議論を避けて通ることはできないと考えられたからである。彼らの構想した漢学あるいは「支那学」は,必ずしも純粋に学術的な側面を追求したばかりでなく,現実の「支那」とどのように向き合うか,そしてそこに漢学(「支那学」)はどのように貢献し得るかという視点も有していた。この視点は,現代の目からすれば少なからぬ問題も含むが,そのことは逆に,近代日本における「支那学」の「総合性」と「可能性」を示してもいる。当該テーマについては次年度も調査研究を継続する。
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Strategy for Future Research Activity |
島田重礼に関する調査研究を推し進め,伝統的な漢学者が「支那哲学」という学問分野の草創期にどのような役割を果たしたのか(あるいは果たさなかったのか)について,より明らかにする必要がある。この際,本報告の概要および進捗状況で述べた種々の漢学改革論の動向と,島田をはじめとする伝統的な漢学者の温度差を検討することが,その一助になり得ると考えている。研究調査の方法としては,2次文献を用いた調査の他,島田重礼の講義を記録した1次資料を各図書館等において発掘・調査し,場合によっては翻刻することなどが想定される。 最終年度においては,これまで焦点を当ててきた東京帝国大学以外の帝国大学,すなわち「京都支那学」の興った京都帝国大学はもちろん,九州帝国大学,あるいは台北帝国大学などにおける漢学および「支那哲学」のあり方について検討する。他の近代的学問と同様に,まずは東京(特に東京帝国大学)において展開された近代漢学および「支那哲学」がどのように日本各地,あるいは植民地に伝播し,また現地ではどのように受け入れられたのかを探ることで,本研究課題の根本的なテーマである,近代日本における「支那学」のあり方を全体として明らかにすることに繋がる。この際,特に台北帝国大学に関しては,必要に応じて台湾への現地調査があり得る。
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Research Products
(5 results)