2016 Fiscal Year Annual Research Report
硫酸還元菌と鉄材料界面における電子伝達阻害を基軸とした嫌気防食技術の基盤構築
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16J07690
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
DENG XIAO 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | 嫌気鉄腐食 / 硫酸還元菌 / 細胞外電子移動 / ゲノム解析 / シトクロム |
Outline of Annual Research Achievements |
嫌気環境に普遍的に生息している硫酸還元菌は、有機物などの可溶性分子を酸化し、腐食性の硫化水素を排出することにより嫌気鉄腐食を進行させると認識されてきた。しかし近年、IS5株を含む数種の硫酸還元菌が、固体鉄を電子供与体として単離され、鉄から直接電子を引き抜くという新しい電気的腐食が提案された。但し、その電子摂取機構は全く不明だった。一方で、酸化還元活性の持つヘムを含む膜蛋白質、外膜シトクロム(OMC)が鉄還元細菌の固体に電子を渡していることを媒介していることが知られている。本研究はIS5株の電子摂取機構の解明を目指した。 OMCの有無の検証するため、IS5細胞からDNAを抽出し、全ゲノムを解読して、さらに、ゲノム配列にヘム結合モチーフを探した。その結果、4つ以上のヘム結合数を持つ蛋白質が26個もあることが分かった。ヘム蛋白質の細胞における分布をPsortbソフトウェアで予測した結果、OMCをコードする遺伝子領域を同定した。 次にIS5株のOMCの発現条件を検討した。OMCはIS5細胞が固体からの電子引き抜きを媒介することより、乳酸などの有機物が不足している条件下でより多く発現するのではないかと考えた。従って、乳酸過剰又は乳酸不足の培地に培養したIS5細胞における、OMCをコードする遺伝子のmRNAの量を比較した。その結果、乳酸不足条件下のIS5細胞では、乳酸過剰の細胞よりOMCを多く発現していることが分かった。 以上をまとめると、IS5株の全ゲノムを解読し、OMCをコードする遺伝子群を同定した。また、IS5株は可溶性有機物の不足条件下でOMCを大量発現することを見出した。これらの結果は、IS5株がOMCを介して鉄などの固体から電子を直接引き抜くことを強く示唆する他、有機物の少ない深海環境に敷かれる石油や天然ガスパイプラインにおける電気的鉄腐食機構の存在を強く示唆している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
固体鉄を唯一の電子源として利用する硫酸還元菌が、既知微生物中で最も速く嫌気腐食を進行させることが2004年に報告され、大きく注目されているが、その固体からの電子摂取機構は不明である(Dinh et al, Nature, 2004)。本研究は硫酸還元菌IS5株による細胞外固体からの電子摂取機構解明に向け、電子伝達経路に関する知見を得るため、全ゲノム解析を行った。ゲノム情報に基づき、外膜シトクロム(Outer membrane cytochromes, OMCs)をコードする遺伝子群の同定に成功した。そこで、NCBI Blastpアルゴリズムを用いて、IS5 OMCsのアミノ酸配列を、細胞外固体に電子を直接渡す既知の鉄還元細菌、ShewanellaとGeobacterが持つOMCsのものと比較したところ、相似度が極めて低く、IS5株のOMCsが新奇であることが示された。 しかし、IS5のOMCsをNCBI protein databaseに照会したところ、驚くことに、10種類以上の微生物が非常に相似度の高い蛋白質を持つことが分かった。さらに詳しく調べたところ、これらの微生物はいずれも硫黄種(硫酸塩、亜硫酸塩、チオ硫酸塩、硫黄、多硫化物など)の還元代謝を行うことが分かった。これらの結果は、硫黄代謝菌が鉄還元細菌と全く違うタイプのOMCsを持つことを強く示唆し、さらに硫黄代謝菌によるOMCsを介した細胞外固体からの電子摂取機構の普遍性を示唆する。硫黄代謝菌は深海、土壌中だけでなく、動物の胃や腸内のような嫌気環境にも普遍的に存在し、大腸炎などの疾病を引き起こしていることが知られているため、細胞外電子摂取過程は鉄腐食だけでなく、生体で起きる炎症との関連がある可能性も考えられる。腐食から始まった本研究の成果は、生体の健康や疾病といった、当初は予想もしていなかった領域にも広がりつつある。
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Strategy for Future Research Activity |
IS5株は固体鉄を唯一の電子源として単離されたのに対し、ほとんどの硫酸還元菌は乳酸などの可溶性物質を電子源として単離されていた。その中で、嫌気腐食研究のモデルとして扱われてきたのはDesulfovibrio vulgarisである。D. vulgarisが有機物を酸化すると共に生成する硫化水素が鉄と化学反応を起こし、腐食を進行させると考えられてきたが、近年D. vulgarisが硫化鉄(FeS)に覆われた固体鉄の表面に有機物のない状態で54日も生存し、孔食を引き起こすことが報告され、D. vulgarisがFeSを介して固体鉄から電子を引き抜くという仮説が提唱された(Chen et al., Corrosion Science, 2015)。しかし既知のゲノムに基づくと、D. vulgarisは外膜シトクロムを持たないため、その電子の引き抜き機構は不明だった。本研究ではD. vulgarisがFeSを介して固体から電子を引き抜くという仮説を立て、仮説の検証、及びその機構解明を目指す。 まずは、FeSが電子引き抜きに必要かどうかを検証するため、FeS を含む、または含まない菌体培養液を用いて電気化学測定を行い、電極表面を走査電子顕微鏡(SEM)で観察する予定である。次に、FeSを介した電子伝達の合理性を証明するために、本実験系におけるFeSの組成や結晶性をX線回折(XRD)や超高倍率透過型電子顕微鏡(TEM)観察により解析し、さらにその導電率を直接測定することにより、文献値と比較する。最後に、電子がどのように細胞外膜を貫通するのかについて検討するため、FeSと細胞外膜の空間分布を高倍率TEMで観察し、FeSの物性を考慮した上で、合理的なモデルを提示したいと考えている。
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