2017 Fiscal Year Annual Research Report
原子・電子シミュレーションによるナノポーラス金と生体高分子の相互作用解析
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16J11132
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
宮澤 直己 京都大学, エネルギー科学研究科, 特別研究員(DC1)
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Project Period (FY) |
2016-04-22 – 2019-03-31
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Keywords | ナノポーラス金属 / 抗菌性 / 分子動力学計算 / 第一原理計算 |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度はナノポーラス金の抗菌メカニズム解明に向け、分子動力学計算を用いたナノポーラス金がカリウムイオンチャネルに及ぼす影響の解明に取り組んだ。前年度の研究において作成した細菌細胞壁から一部の構造を取り出し、大腸菌のカリウムイオンチャネルに接触させたモデルを作成し、分子動力学計算を行った。その後、選択フィルタ内にカリウムイオン、ナトリウムイオン及びカルシウムイオンを配置し、Replica-Exchange Metadynamics Simulation を用いてそれぞれのイオンの通過速度を計算した。分子動力学計算の結果、負に帯電した細菌細胞壁は、イオンチャネルの構造は大きく変えなかった一方で、熱振動をわずかに低下させていた。イオンチャネル中を通過するカリウムイオンの通過速度を計算した結果、負に帯電した細菌細胞壁を接触させたイオンチャネル中を通過するカリウムイオンの速度は、何も接触していないイオンチャネル中を通過する場合に比べ10倍~100倍程度速くなっていた。一方ナトリウム及びカルシウムイオンの通過速度は、負に帯電した細菌細胞壁との接触の有無で大きな違いは生じなかった。このようなイオンの速度変化に差が生じた原因はイオン半径の差に起因する。カリウムイオンチャネルの口径とカルシウムイオンの直径はほぼ同じ程度であり、カリウムイオンはわずかに小さく、ナトリウムイオンはさらに小さい。イオンチャネルの口径はカリウムイオンが丁度通りやすい大きさであるため、熱振動の低下はカリウムイオンの移動速度に大きな影響を及ぼしたと考えられる。一方、直径が大きすぎるカルシウムイオンの場合、カルシウムイオンと選択フィルタはほぼ接している状態のため熱振動の低下は移動速度にほとんど影響しなかったと思われる。また、ナトリウムイオンの直径は小さすぎたために、熱振動の低下がナトリウムイオンに届かなかったと考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
前年度の研究の目的は、ナノポーラス金の抗菌メカニズムの解明に向けてナノポーラス金が細菌細胞膜、特にイオンチャネルに及ぼす影響について調査することであった。前年度までの研究において、ナノポーラス金の抗菌性は細菌細胞壁が負に過分極することが引き金となって引き起こされることが分かった。負に過分極した細菌細胞壁は細胞膜の働きに障害を及ぼすことに起因すると考えられるが、その詳細は明らかになっていなかった。本年度の研究において、負に帯電した細菌細胞壁はイオンチャネルの構造を大きく変えることはなく、熱振動を変化させていることを見出した。またこの熱振動の変化が、イオンチャネル中を通過する種々のイオンのうち、カリウムイオンの通過速度を特に大きく変えることを見出した。さらに、負に帯電した細胞壁が種々のイオンの通過速度に及ぼす効果について、イオン半径とカリウムイオンチャネルの口径という観点からその詳細を明らかにした。イオンバランスは大腸菌が生きていく上で膜電位の形成など重要な役割を果たすため、イオンの通過速度の変化は大腸菌の死に直結すると言える。以上のように、前年度はナノポーラス金の抗菌性の分子論的・電子論的メカニズムの解明というテーマにおいて、前年度の目標であったカリウムイオンチャネルに及ぼす影響の解明という点に関しては達成できたと言える。また、前年度の研究と前年度の研究のうち熱振動に関する結果を論文にまとめ、Scientific Reports 8 (2018) 3870に掲載された。現在、イオンの通過速度についてまとめた論文を執筆中である。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度は、負に過分極した細菌細胞壁がカリウムイオンチャネルのみならず他の膜タンパク質に及ぼす影響について調査を行っていく予定である。具体的には、負に過分極した細菌細胞壁がATP合成酵素に及ぼす影響について調査を行っていく予定である。ATP合成酵素は、大腸菌のエネルギー源であるATPを合成する酵素であり、大腸菌の細胞膜に存在している。ATP合成酵素は大腸菌の生死に直結するタンパク質と言え、ナノポーラス金の抗菌メカニズムの解明においてATP合成酵素に及ぼす影響を調査することは重要な役割を果たす。ATP合成酵素は大腸菌の細胞内外のプロトンの濃度勾配を駆動力として働いており、ATP合成酵素のc-ringと呼ばれる細胞膜を貫通する部分に存在する、アスパラギン酸のプロトン化/脱プロトン化を介してプロトンは細胞外から細胞内へ輸送される。すなわち、細菌細胞壁がアスパラギン酸のプロトン化/脱プロトン化に影響を及ぼせば、プロトンの移動は困難となり細菌は死に至ると考えられる。現在までのところ、細菌細胞壁と接触したATP合成酵素のシミュレーションモデルを構築し安定化計算が完了している。負に過分極した細菌細胞壁に接触したATP合成酵素と、接触しないATP合成酵素でプロトン化/脱プロトン化した場合のそれぞれについて内部エネルギーおよびRMSD(Root Mean Square Deviation)を計算し、比較を行うことでそれぞれの場合におけるタンパク質の安定性を評価する予定である。本年度中に結果を投稿論文としてまとめる予定である。
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Research Products
(3 results)