2018 Fiscal Year Research-status Report
「ナル表現」の認知言語学的研究-類型論を視野に入れて-
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16K00217
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Research Institution | Soka University |
Principal Investigator |
守屋 三千代 創価大学, 文学部, 教授 (30230163)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | ナル表現 / 認知言語学 / 主観的把握 / 類型論的研究 / 通言語的研究 / 自発 / 変化 / 出来 |
Outline of Annual Research Achievements |
計画に沿い、ユーラシアの「ナル表現」について、類型論的な視点から研究を進めた。本年度では、類型論的・通言語学的観点に立つ研究と、日本語の「ナル表現」を中心とした認知言語学との関連性を重視する研究、それぞれの観点で行った。それは、次の背景に拠る。1.事態の言語化に際して、人とその行為「スル」を軸とした表現を好む「スル表現」と、自発的に実現するとした表現を好む「ナル表現」がある。「ナル表現」への傾斜は、日本語に限らずユーラシアの多くの言語において観察されるが、「ナル表現」の中でより好まれる意味・用法は、日本語とユーラシアの言語とでは相違があることが見えてきた。2.「ナル表現」を好む傾向は、認知言語学で言う「主観的事態把握」の在り方と深く関わると思われ、実際ユーラシアの多くの言語話者において「主観的事態把握」の傾向が観察されるが、「主観的」傾向の度合いは、必ずしも日本語話者ほどには顕著に観察されないことがわかった。3.この点を反映してか、ユーラシアの言語ではモノを軸とした出来・存在の「ナル表現」が見られる。本研究ではこの点を『旧約聖書』の創世記の冒頭にある「光、あれ。光あった」の箇所の翻訳の比較を通して考察した。日本語、中国語、韓国語、モンゴル語、そして英語では、この箇所は存在動詞が用いられるのに対し、原文のヘブライ語をはじめ、ユーラシアの多くの「ナル表現」では「ナル」相当動詞が用いられるのである。4.本研究では1と2、および3の相関を捉える必要があり、この点が今後の課題となると思われるが、同時に日本語の「ナル表現」の独自性が見えてきたため、日本語を個別に捉えた方が発表の際に適切であるとも思われた。類型論的・通言語的研究については、主に認知言語学会でのワークショップと研究会の開催で、日本語独特の「ナル表現」と「事態把握」の相関については研究論文および講演で、その成果を発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
通言語学的研究から見た「ナル表現」の分布および好まれる「ナル表現」の意味・用法の共通点および相違点をめぐる研究は、認知言語学会のワークショップ、およびそれに先立つ研究会で概要をつかむことができた。すなわち、「ナル表現」は日本語およびユーラシアの言語において、共通して変化の表現が観察されるが、日本語が変化の意味・用法への傾斜が大きいのに対し、多くのユーラシアの言語では、「ナル表現」は新事態の出来、すなわちモノの出来およびその存在の意味・用法が発達していることが見えた。これはいわばモノを軸とした「ナル表現」であり、日本語のコト的な捉え方に基づく「ナル表現」と対照的である。また、研究協力者による古典語の「ナル表現」の研究により、日本語でも古代の一時期に、結実以外の出来の「ナル表現」が現れていることが確認されたが、その後こうした出来の「ナル表現」は衰退する一方、話し手を取り巻く外界の変化による移動の表現が現れ、ますますコト的な「ナル表現」へと深化する様子、即ち日本語話者が事態の主観的把握の傾向を強めていく様子がうかがえた。 以上を考えると、ほぼ計画通りに進めることができたと考えられるが、これはひとえに研究協力者である、角道正佳:大阪大学名誉教授、栗林裕:岡山大学教授、岡智之:東京学芸大学教授、宮岸哲也:安田女子大学准教授、山本美紀:創価大学助教(当時)の各氏の協力に拠るところが大きい。 本研究の完成のために残された課題は、複数のインフォーマントによる調査結果の再検討、対象言語の拡大と調査、研究会―話し合い―の開催による記述の精密化、日本語話者およびユーラシア全体の言語話者に対する事態把握の傾向を問う調査などである。
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Strategy for Future Research Activity |
今後はこれまでの研究成果を振り返り、その不備を補いながら、整備を行うとともに、研究成果を発表・共有しながら、さらに精度を上げるよう努める。あわせて、国内外でこのテーマの認知言語学および通言語学的意義、すなわち「ナル表現」研究の言語学全体における意義、および類型論的、通言語学的に見ていく必要性、認知言語学の観点から事態把握と「ナル表現」との相関を捉える必要性を主張していく。 そのために、1.認知言語学の概念に基づいて、日本語話者およびユーラシアの言語話者の事態把握の実態がどのようなものかを再確認する、2「ナル表現」が日本語とユーラシアの言語でどこまで共通した意味・用法を持つか、異なる点はどこか、3.それはなぜか、事態把握の傾向とどのような相関が見られるか、4.日本語の通言語的な変遷とユーラシアの言語との相関が見られるかどうかの検討、そして5.「ナル表現」の共通する意味および、分布の相違の記述を、複数のインフォーマントによる調査結果の再チェック、対象言語の拡大、日本語話者およびユーラシア全体の言語話者に対する事態把握の傾向を問う調査、および討論会および国際的な研究会を実施して、進めていく予定である。 まずは、今回は『星の王子さま』の翻訳本を共通のテキストとして、そこでの「ナル表現」の現れ方を調べ、比較する作業から始める。次に、再調査のための質問事項を検討・修正して、認知言語学的観点と類型論的・通言語学的観点の双方をふまえた調査と分析を対象言語を増やし、それに伴いインフォーマントを増やして、実施していく。 これらの研究を進め、完成を目指しながら、言語において「ナル表現」とは何かという大きな課題について、認知言語学の観点を踏まえて考察を進めるとともに、言語研究において「ナル表現」研究がいかに重要であるか、新たな光を当てられるよう努めたい。
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Causes of Carryover |
研究会の日程が3月末日となり、予算執行が次年度に移動したため。
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Research Products
(7 results)