2016 Fiscal Year Research-status Report
海のオープンアクセス資源の持続性強化の新機軸:行動経済の実験と応用
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16K00682
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Research Institution | Tokai University |
Principal Investigator |
大西 修平 東海大学, 海洋学部, 教授 (00262337)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
山川 卓 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 准教授 (10345184)
赤嶺 達郎 国立研究開発法人水産研究・教育機構, 中央水産研究所, 主幹研究員 (90371822) [Withdrawn]
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 遅延時間選択 / 時間のバイアス / 水産資源動態モデル |
Outline of Annual Research Achievements |
海の生物資源・コモンズは無主物で、オープンアクセス(OA)利用を基本としている。野生生物資源一般に備わるこの性質は、収獲量の適正化と安定化、また生産計画の調節の難しさを示唆するものでもある。OAな狩猟では、コモンズの経済系全体の最適化よりも個人の利潤最大化が優先される傾向が強い。この事実は非協力ゲームの解として既知である。また漁業者個人の行動は、時間軸上の最適選択つまり意思決定により支配されるので、遅延時間割引という概念も選択結果を左右する。現在の価値を特に見過ごすことができない(将来の価値を待てない)というヒト一般の性向を表すものである。ここで挙げた特徴はOA資源が乱獲に陥りやすい仕組みを説明できる枠組みであり、同時にコモンズの持続的利用にあたり、特に注意が必要な項目でもある。現在の資源管理政策ではヒトの行動に合理性を仮定したうえで行動計画が導かれる。より現実的とされる非合理性を考慮できる管理技術の開発が求められている。 行動経済学の方法に沿って、理論と実験の2つのアプローチを計画している。うち28年度は理論の導出を主体に、意思決定の「時間」と「価値」のバイアスを扱える数理モデルの開発を行った。前者は時間選好(遅延時間選択)に、後者はプロスペクト理論の価値関数および確率加重に対応する。両者ともに水産資源の動態モデルに馴染む着眼点であるが、前者(遅延時間選択)は理論導出だけでも研究成果に結びつくことを、研究の作業を通じて知り、28年度は特に時間選好モデルの水産資源動態モデルへの組み込みに集中した。一方で、「価値」のバイアスの扱いについては、理論よりも実験が主体になるため29年度の研究計画に割り当てることにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
実験の計画が遅れ気味であるが、理論の完成度は高まったと思われるので報告する。遅延時間選択の導入を下記2つのモデルについて実施した。①Clark(1985)の生物経済モデルに双曲割引関数を導入:従来の収獲最大化の理論では指数割引により遅延時間選択を表現していた。本研究ではより非合理的な時間選択のモデルとして知られる双曲割引関数(Hyperbolic discounting)を動的余剰生産モデルに組み込み、系の振る舞いを分析した。変分法による最適解に従えば、従来は定常的な漁獲圧で示された最適漁獲方策が無効となり、非定常的な漁獲圧調整が必要になる結果を得た。このことは漁業管理がコミュニティの自主的管理だけで成功し得ないことを意味し、行政や公的機関等による介入、監視の重要性を示唆する結果である。②YPR(yield-per-recruit加入当たり収獲)モデルでの合理的時間の再検討:加入した資源(生物)の生涯に渡る最適利用では、数学モデル上では無限大∞の時間設定を使って管理政策を明らかにしてきた。しかし漁業者にとって有効な時間範囲は限られている。たとえば漁業就労年数の上限、漁船設備の先行投資費用の借り入れの返済年数など、ヒトにとって有効な時間範囲での最適化が必要と考えた。そこでYPRモデルに遅延時間選択を組み込んだところ、超幾何関数による解が導出された。これは従来の研究にない目新しいものとなった。さらにYPRモデルの積分を簡略化したモデル(高い漁獲圧を許すという条件)では、専門外の研究者にも容易に理解できる簡潔な結論を導くことができ、コモンズの管理政策の議論に応用できるものと考えている。②の一部については論文作成中である。具体的な漁業の対象種の生物パラメータとヒトの行動パラメータについては理論面の分析を継続している。
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Strategy for Future Research Activity |
29年度以降は実験の計画を充実させる。理論では把握が難しい、意外性ある漁業者の行動特性を知るためにフィールドを活用する。このための実験計画を進める。コモンズ管理に関わる話題は、収獲方法の規制よりも許可収獲量の割当に昨今シフトしている。一方で水産資源の豊度は不確定要素であるため「獲れる機会に根こそぎ獲ってしまう」傾向が強くなり、懸念材料となっている。割当量による資源保全計画が、逆に乱獲を加速させてしまうという意味である。この問題については、漁業者が割当量の変化にどう反応するか測定することで、行動の傾向を知る糸口を得る。陸上で休漁期に可能な実験として、遊戯具(カード、トランプなど)を使った収獲実験を計画する。現時点の漁獲管理政策はTAC方式(Total Allowable Catch:総漁獲可能量)に基づくが、IQ方式(Individual Quota:個別割当量)に対応する場面での漁業者の行動を、出現カードの数字(確率的変化を持つ)の累計値最大化から読み解く。さらに我が国では全く未着手の管理政策:ITQ方式(Individual Transferable Quota:譲渡可能個別割当量)も、仮想的に再現してみる。漁獲枠の売り買いが発生しうる条件を、実験データから知る手掛かりとする。 実験の方法は、科研費申請の時点では、デジタル機材による効率化を描いていたが、漁業者の実験への参加協力のし易さやモチベーションを再考して、簡単な器具による方法に切り替える。また経済実験や心理実験で重視される、実験者と被験者の信頼関係の構築も手間が掛かるため、説明と理解が低コストで済む方法を優先する。
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Causes of Carryover |
28年度の活動は、行動意思決定の偏りを扱うためのモデル(理論)の導出に集中した。研究活動はラボ内で行える内容となり、また研究分担者からの助言は電子メールで受取り取り可能となった。実験フィールドへの出張は先送りし、このために研究費用が繰越しになり、次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
モデルはある程度の完成度まで導出できたので、モデルパラメータを特定するために、データ獲得を進める。これに向けてフィールド調査を行う計画である。
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