2017 Fiscal Year Research-status Report
蛍光寿命測定による有機質文化財の経年劣化状態の指標化に関する研究
Project/Area Number |
16K01179
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Research Institution | Saga University of Arts |
Principal Investigator |
佐々木 良子 嵯峨美術大学, 芸術学部, 講師 (00423062)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
佐々木 健 京都工芸繊維大学, 分子化学系, 准教授 (20205842)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 材質分析 / 色材 / 劣化 / 指標化 / HPLC / 蛍光寿命 |
Outline of Annual Research Achievements |
文化財染織品には種々の染料が用いられ,その解析には一般に非破壊分析が求められる。しかしながら,破壊分析を用いると非破壊分析では得ることのできない多様な情報が得られる。例えば,ベルベリンを主成分とする黄色染料黄檗が用いられた染織品の場合,非破壊分析でベルベリン特有の可視分光スペクトル及び蛍光スペクトルにより,プロトベルベリン含有植物を用いた染色がなされたことが分かる。これを破壊分析に供することにより,植物種の特定,さらに黄檗の場合にはベルベリンに対するパルマチンとヤトロリジンの成分比により産地の特定ができることを明らかにしてきた。また,黄檗の主成分であるベルベリンを由来とする劣化生成物に着目することで,染織品の経年や保存状況に由来する黄檗の劣化状況を数値化することを試みてきた。 これまでHPLCの分析結果より得られたベルベリン劣化生成物の生成や,蛍光寿命測定から得られるベルベリン分子周りの環境変化と資料の年代の関係が染織資料の劣化の指標として用いることができないかを検討してきた。本年度はこれらの結果を踏まえて,強制劣化した試料を用いて,劣化状態の再現を試みた。可視光で強制劣化させた黄檗染絹布資料より抽出した成分のHPLCでの分析を行い,成分比の変化を追跡した。その結果,文化財資料で見られたベルベリンの劣化生成物X1及びX2の生成が確認できた。また,これらベルベリン劣化生成物のベルベリンに対する量比について,照射時間との関係をまとめたところ,照射時間が長くなるに従ってその生成量が増加していることが明らかになった。今回の可視光照射がもたらした黄檗の劣化の一部の過程が,文化財染織品に見られた劣化過程の一部と同じであると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は有機質文化財資料における経年劣化の指標化を主たる目的にして,非破壊分析である蛍光寿命の測定の利用を提案するものである。文化財における劣化の要因として,経時変化由来と,環境変化由来に分けられる。経時変化由来は,どの様な理想的環境に文化財が置かれていても生じる劣化であり,環境由来とは,文化財の置かれた環境の光や温度湿度などの理想状態からのずれ及び,使用による汚染等を想定している。前年度に置いて劣化の要因として環境要因が少ないであろうと判断された資料を用いて,破壊分析であるHPLCを用いてベルベリン由来劣化生成物の生成量,及び非破壊分析である蛍光寿命から求めたベルベリン分子周りの環境変化の両方から求めた劣化指標を比較検討した。本年度においては,可視光による強制劣化用黄檗染絹布資料を作製し,劣化のシミュレーションを行った。光源を可視光に限定して時間を変えて照射後,絹布より染料成分を抽出し,HPLCに供した。染料成分の分析及び,その成分比を求めたところ,文化財資料から得られたベルベリン劣化生成物X1とX2と同じリテンションタイムにプロトベルベリンの特徴を有したピークが得られた。またそれら劣化生成物の生成量は照射時間が長くなるにつれて増加することが明らかになった。この様に文化財資料で確認された劣化生成物を特定した形でのシミュレーション実験は例が無く,貴重である。今後,蛍光寿命との関連も検討する予定である。
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Strategy for Future Research Activity |
本研究は有機質文化財資料における経年劣化の指標化を主たる目的にして,非破壊分析である蛍光寿命の測定の利用を提案するものである。今後以下を中心に検討を行う。 これまで作製した可視光による強制劣化用黄檗染絹布試料に加えて,種々の条件での強制劣化試料を作製し,劣化のシミュレーションを試みる。更にこの劣化試料から染料成分を抽出し,HPLCに供することで,ベルベリン劣化生成物の生成を確認する。更に強制劣化用黄檗染絹布試料について蛍光寿命の測定を行い,劣化の指標化について考察する。 半導体パルスレーザヘッドPLP-10-510を用いて紅の蛍光寿命についても黄檗と同様の文化財資料についての測定方法論の構築を継続する。更に紅と黄檗の重ね染の影響について解析を試みる。 次いで,励起波長を変えて種々の試料の測定を試みる。励起光源としてサブナノ秒パルスN2励起色素レーザ(パルス幅400ps)を使用する。この場合発振波長は使用する色素により可変である。N2のみによる337nm,色素による360nm,440nm,530nmなど,種々の波長が選択できるので,対象に合わせた励起を試みる。これにより黄檗や紅以外の色材,更に絹糸,羊毛などのタンパク質繊維ならびに漆,紙などの高分子材料における寿命測定の可能性に関する基礎的な研究を行う。ここで類似蛍光物質の寿命の違いによる鑑別と複数成分の同時分離分析を検討する。更に分子の分子間相互作用の変化,集合状態,積層構造変化についての情報を得る為の解析方法を検討する。 劣化と蛍光寿命の関係についても,検討を開始する。試料の保存劣化状態の寿命への影響と劣化状態の数値パラメータの可能性を検討する為,まず黄檗について時代が明確な実資料の測定に展開し,現代品との比較を通じて経年(時代)評価の数値的パラメータとして標準化を試み,蛍光寿命が劣化のパラメータになりうるかを検討する。
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Causes of Carryover |
本年度の強制劣化試験に於いては,機械の消耗品代をトライアルということで免除が受けられた。本来支払うべき費用が抑えられた為,次年度使用額が生じたが,次年度も強制劣化試験を予定しているので,機械の消耗品代の発生は考えられる。 更に次年度は蛍光寿命の測定については,これまで用いてきた半導体レーザだけでなく励起光源としてサブナノ秒パルスN2励起色素レーザ(パルス幅400ps)を使用する予定である。この場合発振波長は使用する色素により可変である。N2のみによる337nm,色素による360nm,440nm,530nmなど,種々の波長が選択できるので,対象に合わせた励起が可能となり,得られる情報量が増えることが期待される。しかしながら,このサブナノ秒パルスN2励起色素レーザはかなりの消耗品費用(窒素ボンベ代)が発生する。 次年度が本課題の最終年の為,国際学会での発表を予定している為,次年度は,通常の試薬や器具の消耗品の他に,レーザを用いる為の消耗品費用,強制劣化試験機の消耗品代,国際学会への参加費と旅費を計画している。
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