2019 Fiscal Year Annual Research Report
Comparative study of Japan-China natural resource development in the Mongolian Border Region
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16K01998
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
島田 美和 慶應義塾大学, 法学部(日吉), 准教授 (60580157)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 永定河治水 / 蒙疆 / 官庁ダム / 十三陵ダム |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、日中戦争期における日本の「帝国」経営と中国の辺疆開発における自然資源の「開発と管理」における異同を明らかにするために、戦時における日本の永定河治水、特に官庁貯水池(ダム)の建設計画およびその人民共和国への連続性に着目し、以下の二つの論文の中で検討を行った。 ①「戦時日本の永定河水利事業-官庁貯水池建設計画をめぐって」では、以下の3点について検討した。 第一に、1937年の満鉄調査部、1939年の中華民国臨時政府と1940年の興亜院技術委員会の永定河水利事業では、国民政府の華北水利委員会による官庁貯水池建設計画を廃止せず、その計画内容の踏襲がみられた。第二に、官庁貯水池建設計画について、満鉄調査部は水力発電を重視し、臨時政府は官庁貯水池の規模を日本の土木技術で独自に設定し、興亜院技術委員会は治水と利水の総合的河川計画を提案した。第三に、蒙疆政権側は、蒙疆での農業生産の向上と官庁付近の住民の民心掌握のため、興亜院の日本人技師によって官庁貯水池の建設が反対された。 総じて、華北の臨時政府、蒙疆政権、東京の興亜院本院の間で、官庁貯水池建設をめぐる水利行政を統一することは難しかった。 ②毛沢東と巨大水利建築-1950年代の官庁ダムと十三陵ダムを中心に-」では、国民政府期における官庁ダム計画の人民共和国期への連続性を検証するとともに、毛沢東時代における国家による水利政策について以下の2点を明らかにした。 第一に、人民共和国建国初期と大躍進期にそれぞれ建設された官庁ダムと十三陵ダムへの毛沢東の関わりについて検証し、これら巨大水利建築の建設が毛沢東の大衆との関係を構築する政治運動の場としての役割を担った点を明らかにした。第二に、都市のインフラ建設の側面から、首都北京への水資源の供給に着目し、中国共産党の首都建設と水利事業における毛沢東像の形成過程を明らかにした。
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Research Products
(2 results)