2016 Fiscal Year Research-status Report
カザフスタンにおける伝統医療とイスラームの人類学的研究
Project/Area Number |
16K02028
|
Research Institution | National Museum of Ethnology |
Principal Investigator |
藤本 透子 国立民族学博物館, 民族文化研究部, 准教授 (10582653)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 伝統医療 / イスラーム / シャマニズム / 中央アジア / カザフスタン / 文化人類学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、中央アジアにおける伝統医療とイスラームの展開を人類学調査に基づいて分析し、宗教・社会・身体の関係を考察することを目的としている。初年度にあたる2016年度は、カザフスタンで23日間、モンゴルのカザフ社会で15日間の現地調査を行った。主に民間治療者協会や治療者から聞き取りを行い、治療を参与観察した結果、次のことが明らかとなった。 1)社会主義体制から移行する前後(1990年頃)から伝統医療を再評価する機運が高まり、民間医療センターや民間医療者協会が設立された。2)治療者の素質が祖先から継承されるという観念が、ある程度まで地域社会に共有されている。3)治療者となる経緯は、祖先の霊によって治療者になることを要求されるなどシャマニズムと類似した事例がみられるが、夢で聖者から啓示を受けるというイスラームの聖者崇敬に関連した事例も多い。4)病因のひとつとして邪視の観念があり、特殊な治療法が存在する。5)診断と治療の過程では、治療者と患者のコミュニケーションが重視される。治療法は、儀礼による霊的な浄化、家畜の油脂などを用いたマッサージ、ステップに生える植物を利用した薬草治療などが主に行われ、治療者によってそれぞれ専門とする治療法がある。6)モスクのイマム(集団礼拝の指導者)は、治療がイスラームに則していないと批判するが、治療者は敬虔なムスリムであることを強調し、礼拝を行うなどイスラームの規範に則ることで治療の力も得られると考えている。 以上のように、現地調査に基づき、現代のカザフ社会における伝統医療の基礎的なデータを収集することができた。これらのデータは、人が他者と関わりながら身体をどのようなものとして捉えて治療行為を行ってきたのかを考察していく上で意義をもっている。文献調査の結果と照らし合わせながら、宗教・社会・身体の関係について今後さらに分析を進める。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
中央アジアのムスリムであるカザフの伝統医療に関して、見取り図を得ることができた。成果の一環として、2016年5月~6月にカザフ社会におけるアッラー、死者、生者の関係について口頭発表した。伝統医療に関しても、死者(特に祖先)の霊魂の観念は重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。また、治療のため聖者廟参詣が広く行われていることから、近年において改増築されさかんな参詣の対象となっているマシュフル・ジュスプ廟に着目し、聖者崇敬に関して11月に口頭発表した。さらに、「カザフスタンにおけるエムシ(治療者)の活動と伝統医療の展開」と題して、イスラームの全体像のなかで治療に関する研究を位置づけた口頭発表を1月に行った。イスラームが地域社会に果たす役割については、8月に刊行した共編著のカザフ社会に関する拙稿でも取り上げた。 また、2017年度の成果報告にむけて、日本文化人類学会研究大会(2017年5月開催予定、査読あり)に、「伝統医療にみるコミュニケーションの共同性-カザフのエムシ(治療者)の事例から」と題する口頭発表を申請して採択された。また、ヨーロッパ中央アジア学会・アメリカ中央ユーラシア学会合同研究大会(2017年6月開催予定、査読あり)に、口頭発表を申請して採択された。
|
Strategy for Future Research Activity |
2年目となる2017年度は、2016年度の現地調査と文献調査の結果を照らし合わせ、5月に日本文化人類学会研究大会、6月にヨーロッパ中央アジア学会・アメリカ中央ユーラシア学会合同研究大会で発表し、発表へのコメントも参照しつつ今後の研究を進めていく。7月にはカザフスタンを中心としながらクルグズスタン(キルギス)でも現地調査を行い、調査データの充実を図る。治療者からの聞き取りや観察と並行して、クライエント側にあたる地域社会の人々から身体観や伝統医療への評価に関する聞き取りを実施する。 2018年度は、カザフスタンで人類学調査を継続するとともに、ウズベキスタンのカザフ人居住地域でも短期間の調査を行う。特に伝統医療、近代医療、イスラーム、シャマニズムの布置に着目して分析を進める。これまでの研究成果をまとめてCentral Asian Surveyなどの国際学術雑誌に投稿する。2019年度には、中央アジアのイスラームと伝統医療に関する国際集会を開催し、宗教・社会・身体の関係について幅広く議論する。最終年度となる2020年度には国際集会の成果をまとめて出版する。
|
Causes of Carryover |
初年度にあたる2016度の現地調査では、伝統医療にたずさわる人たちとの信頼関係をまず築くため聞き取りを重点的に行い、映像撮影は既存のカメラの動画機能を使用してごく短時間のみ行うにとどめた。このため、機材購入などの物品費がかからなかった。また、現地調査にともなう謝金も予定より少額であった。
|
Expenditure Plan for Carryover Budget |
科研期間中に国際研究集会を予定しているため、2016年度に使用しなかった42,901円に関しては国際研究集会の開催経費とする。
|