2017 Fiscal Year Research-status Report
カザフスタンにおける伝統医療とイスラームの人類学的研究
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16K02028
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Research Institution | National Museum of Ethnology |
Principal Investigator |
藤本 透子 国立民族学博物館, 人類文明誌研究部, 准教授 (10582653)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | 伝統医療 / イスラーム / シャマニズム / 中央アジア / カザフ / 文化人類学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、中央アジアにおける伝統医療とイスラームの展開を人類学調査に基づいて分析し、宗教・社会・身体の関係を考察することを目的としている。2年目にあたる2017年度は、中央アジアの伝統医療とイスラームに関する文献を広く渉猟した上で、カザフスタンを中心に、近接するクルグズスタン北部とモンゴル西部でも短期間の現地調査を行った。 まず、文献調査では、中央アジアで伝統医療がイスラームと関連付けられながら行われてきたが、シャマニズムなどと共通する側面を持つがゆえに正統なイスラーム実践ではないと批判され、地域社会の人びとの議論の場となっていることが明らかとなった。 次に、現地調査では、従来の文献で伝統医療がイスラームとの関連においてのみとらえられる傾向にあったことを批判的にふまえて、治療者・患者・家族のあいだのコミュニケーションに着目するという新たな観点から中央アジアの伝統医療を捉えることを試みた。その結果、カザフ社会の伝統医療の現場では、生体エネルギーなどの新たな観念を取り込みながら、治療者と患者のあいだで身体をとおした共感を基盤として治療が行われていること、患者どうしが頻繁に情報交換を試みていること、患者と家族のあいだにはしばしば伝統医療の是非をめぐって意見の相違がみられることなどがわかった。地域社会の内部に議論と亀裂を生みながら、身体をとおした共感を基盤としてコミュニケーションを共有することが模索されているといえる。 現代において、人が他者と関わりながら、身体をどのようなものとして捉えて治療行為を行っていくのかを考察していく上で、以上の中央アジアの事例は意義深い。今年度までの調査研究の結果の一部は、日本文化人類学会、ヨーロッパ中央アジア学会・アメリカ中央ユーラシア学会合同研究大会などで発表している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
カザフスタンを中心としながら、現代における宗教・社会・身体の関係を考察するという目的に沿って、文献調査と現地調査を実施できている。調査結果の一部は、国内学会と国際学会で発表しており、学会の参加者から今後の研究の展開に関する有益なコメントを得ることができた。 また、2017年度末の時点で未刊行であるが、中央アジアに関する学術論集の一章として「社会再編のなかのイスラーム―地域における生き方の模索」を執筆し、中央アジアにおける伝統医療とイスラームの関係について考察している(2018年度刊行予定)。この論考では、カザフの調査データと、文献上のウズベク、クルグズなどの事例を統合して、地域社会における治療者の活動を位置づけている。雑誌(『季刊民族学』)や講演(みんぱく友の会講演会、愛知大学人文社会学研究所公開講座)などでも、調査結果の一部を発表している。例えば『季刊民族学』では、子どもに関する邪視とその治療について、カザフの世界観・死生観をふまえて論じた。 なお、これまでに得られた現地調査データは未整理のものも多いため、今後の研究成果発表へ向けて徐々に整理し分析を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
2018年度は、これまでの国内・国際学会での発表をふまえ、論文を2本執筆し学術雑誌などに投稿する。1本目の論文では、カザフスタンにおける伝統医療を概観し、社会主義体制から移行後の民間治療者協会の活動、個々の治療者が治療を開始した動機や経緯と治療・診断方法の特徴を分析し、体制移行を経た地域社会における治療者の活動の位置づけを明らかにする。2本目の論文では、特定の治療者が患者と共にしばしば聖者廟に参詣していることから、現代における聖者廟参詣と伝統医療の関連を分析する。 次に、伝統医療は治療者のみならず一般の人々がもつ知識によって支えられているため、日常生活における身体の健康に関する意識、食生活に関する知識と実践、体調不良への対処方法、世界観と身体観の関わりなどについて聞き取り調査を行う。具体的にはカザフスタン村落部及び都市部で1か月弱の調査を予定している。当初の計画ではウズベキスタンでの短期調査も予定していたが、病気のために実施できない可能性が高いので、現地調査はカザフスタンに集中して行うこととする。 2019年度は、2018年度までの調査データの分析を継続し、カザフ社会の伝統医療の事例を、中央アジアおよび周辺地域における研究と比較検討しながら位置づけ、現代における宗教・社会・身体の関係について考察を深めるために国際研究集会の開催を予定する。2020年度はこれまでの研究成果をまとめて学術雑誌の特集として投稿、あるいは論集としての出版申請を行うことを予定している。
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Causes of Carryover |
現地調査費用を節約することができたため、次年度使用が生じた。今後に予定している国際研究集会の費用に充てる計画である。
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