2017 Fiscal Year Research-status Report
私が人々とともに住み、行動する世界の構成と自己の外部への依存の哲学的研究
Project/Area Number |
16K02146
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
伊勢 俊彦 立命館大学, 文学部, 教授 (60201919)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 因果性 / 感情 / ヒューム |
Outline of Annual Research Achievements |
前年度に引き続き、ヒュームの所有論を一つの軸として研究を進めた。ヒュームは、所有を因果関係の一種と見るが、所有という因果関係の存在は、感覚可能な関係の反復的経験にもとづいて認められるというより、主として他の人間による介入という妨害要因の不在というしかたで、前反省的に想定されている。こうした因果認知のあり方が、所有以外の人と物のかかわりや物と物とのかかわりの認知においても見出せるというのが前年度の研究から得られた見通しであった。今年度の研究を進める上で鍵となったのは、こうした因果関係についての前反省的な想定を明るみに出す、感情の役割への着目である。所有のような因果関係が安定して成立していると想定されるあいだは、その想定が依存している、妨害要因の不在ということ自体が明示的に意識されることはない。自己の所有と見なしてきたものに対する他者からの介入という予期せぬ事態に対して、人が驚きや怒りという感情をもって反応する。そのことをつうじて、これまで前反省的、非明示的になされてきた因果関係の想定、とくにこの場合、自分が所有の対象に対して持つ力についての想定のあり方が明るみに出る。変則事態に対するこの感情的反応は、自分の力の行使に対する妨害の場合だけでなく、他の文脈や状況に即しても見出すことができるであろう。こうした感情への着目は、一方では、哲学的探求を駆動する情念のあり方の考察を軸とした、ヒュームの懐疑主義的諸議論を含む哲学の自己理解のあり方の見直しにつながると考えられる。また他方では、他の人間の誠実さや、自分にとっての善に対する配慮(親密な間柄での愛情の存在と他人どうしのあいだでの危害の意図の不在を含む)をあてにしあっている人と人との関係のあり方について、とくに、そうした信頼が損なわれた場合の精神的な傷つき、そこからの回復のあり方を解明する手がかりとなるとも考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の研究実施計画においては、28年度にヒュームの懐疑主義的な議論の検討を含む外界認識の問題を、29年度に因果性および人格の同一性の問題を取り上げることとしていた。しかし、28年度の研究の進行過程で、とくに所有という因果関係に焦点を当てた因果性の問題の検討に先に取り組むこととなった。29年度は、人の日常的な思考や行動の根底にありながら通常は主題的に意識されない、経験世界における因果性についての前反省的で非明示的な理解が、そうした理解に反する変則的事態に感情的に反応することをつうじて明るみに出ることに着目することによって、日常的な因果理解のあり方の解明を進めることができた。この結果、先送りにしていた懐疑主義的な議論の問題についても、哲学的探求を導く情念という糸口からアプローチするという見通しが得られた。哲学的探求を導く情念については、以前も、『人間本性論』第2巻の末尾にある「知識欲(curiosity)、ないし真理への愛について」を中心に考察したことがあるが、その際は、哲学的探求と懐疑主義の関係に対する注目が不十分であったと現在では考えている。この点について、探求が、(見かけ上の)矛盾の発見、それに発する感情的側面を伴った葛藤、それを解消するための努力という過程を経て進むという描像を採用することによって、ヒュームの懐疑と積極的探求を統一的にとらえることができるという予想が立てられる。加えて、人と人との社会的関係にそくしても、変則的事態、とりわけ他者への信頼が裏切られる事態への感情的反応、とくに、背信や加害による傷つきとそれからの回復に着目する方向で研究を進める可能性が見通せる。これら、今後の研究とのつながりという点で、29年度の研究には重要な進展があったと考える。
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Strategy for Future Research Activity |
研究の終期にあたり、「私が人々とともに住み、行動する世界の構成」について、一定のまとめを行なう。その際の重点は、当初のもくろみ通り、日常的な思考と行動が、社会的なものと物理的なものを含め、自己の外部の事物の因果的な振る舞いについての前反省的で非明示的な想定に依存するあり方の解明におかれる。一方、そうした、通常明示的に意識に上らない想定の存在とその内容を明るみに出すのが、そうした想定を裏切る変則的事態に対する感情的反応であることが研究を進める過程で明らかになったことを踏まえ、「私」によって生きられる世界が、感情によって輪郭づけられた世界であることを、研究のまとめの上での強調点とする。研究計画のうち、具体的な着手が遅れている人格の同一性の問題についても、他者と前反省的に世界を共有している状態からの分離と再統合の過程に焦点を当て、自己認識の確立と感情の関係を視野に入れて、一定の整理を行なう。 上記の課題をいくつかに切り分けた上で、6月に予定されている、James Harris氏(セントアンドリュース大学)を迎えたコンファレンス(学習院大学)、8月の世界哲学会(北京大学)等において、最終的なまとめの前段階の発表を行なう。また、29年2月に来日したPeter Kail氏(オクスフォード大学)を迎えたセミナーの成果を踏まえ、今年度後期、英国において日英の研究者らによるセミナー等を企画することも視野に入れている。
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Causes of Carryover |
(理由)大学の夏期休暇中に手術を受けるという研究代表者の個人的事情のため、当初計画していた国外出張を取りやめた。また、年度後半において海外から招聘した研究者を含むセミナーの開催を計画したが、2月に京都で行なったPeter Kail氏のセミナーの経費が別予算から支出されたため、経費が予定を下回った。 (使用計画)6月の学習院大学でのコンファレンス、8月の北京での世界哲学会等、国際学会への参加、英語での成果発信を予定している。また、Peter Kail氏と連絡を取って、年度後半に英国でのセミナー等への参加を予定している。
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