2016 Fiscal Year Research-status Report
グローバル化時代のイスラム言説生成過程に関する研究:ファトゥワーを中心に
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16K02178
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
八木 久美子 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (90251561)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | イスラム / イスラーム / 言説 / 結婚 / 婚姻 / ファトワー / ファトゥワー |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究はイスラム復興という現象を、一般信徒の日常生活の細部に起きている現象として捉え、人々の日々の実践を決定するようなイスラム理解はいかに形成されるのか、とりわけ人々のイスラム理解を方向づけるような言説がいかにして生まれるのかを明らかにしようとするものである。これまではウラマーと一般信徒の関係を「言説を生み出す者とそれを消費する者」の関係として一方向的に捉えるのが一般的であったが、本研究はこれを見直し、現代においては、ウラマーと一般信徒の間に双方向的なコミュニケーションの場が拡大し、そこに働く複雑な力学が同時代のイスラムに関する支配的な言説を作り出していると考え、その具体的なプロセスについて検証しようとするものである。 平成28年度は、当初の計画通り、近代以前の代表的な法学者によるファトゥワーと現代の代表的な法学者ファトゥワーの間にある違いの整理に着手した。その作業の中で明らかになったのは、結婚のありかたについて、つまり何が「正しい」結婚であるのかについて、現代の多くのウラマーが多種多様なファトゥワーを出しているのに対し、近代以前のウラマーは基本的な要件について論ずる以外、総じて寡黙だという事実である。 結婚に関して見せる近代以前のウラマーの寡黙さと近代以降のウラマーの饒舌の違いを読み解くうえで重要なポイントとして浮かび上がったのは、近代以降初めて、国家が結婚の承認主体になったという点である。結婚を「正しい」ものとするプロセスとして、家族や社会の承認を受けること、イスラム法の要件を満たすことに加え、文書を作成し管轄の役所で登録するという手続きが加わわったものの、国家の求める要件とイスラム法の要件は必ずしも同じとは言えず、ここに「正しさ」をめぐって宗教権威と国家権力のせめぎあいが生じた。結婚に関するファトゥワーの急激な増加と多様化はその結果であることが明らかになった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
当初の計画では、(狭義の)宗教儀礼から社会的な規範にまで、イスラム法学で議論される多様なテーマのなかから、相対的に多くのファトゥワーが多く出されている点において主要なテーマと見なされるものを広く取り上げる予定であった。しかしながら28年度の研究のなかで、婚約・結婚/離婚という婚姻関係に関するテーマに焦点を絞ることで、政治的な背景、社会構造、家族像、男女の性差に関する意識など、イスラム的言説のありようを左右すると考えられる要素がほぼすべてカバーできることが明らかになった。これによって、イスラム的言説の代表であるファトゥワーについてのより体系だった分析への道筋を明確にすることができたのは、大きな収穫である。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度は、婚約、結婚等の問題について出された多様なファトゥワーのなかから、エジプトのファトゥワー庁など公的ファトゥワー機関から出されたファトゥワー、さらに現代のスンナ派イスラム世界の代表的ウラマーであるカラダーウィー(1926- )、シャアラーウィー(1911-1998)などの法学者個人によって出されたファトゥワーに焦点をあて、そのなかで使用されている用語および論理について整理する。とくにイスラム法的な見地から「正しい」結婚と見なされるものが満たすべき要件を、イスラム法の専門家はどのような言説によって示すのかを、以上のような立場の異なるウラマーを取り上げることによって確認したい。今の時点で予想されるのは、公的機関のファトゥワーは、直接的にではないにせよ、婚姻制度に関する国家の方針と寄り添っており、独立した立場にあるウラマーから出されるファトゥワーは国家や社会(慣習)の要請に対して妥協することなく、より純粋に学問的な解釈をしているという傾向である。 そのうえで行ないたいのは、一般信徒のあいだで交わさせる言説との比較である。代表者の主なフィールドであるエジプトを中心とするアラブ世界では、現在、結婚についての多くのマニュアル本、指南書の類が出版されている。結婚相手の選択、結婚式の準備など関連するウェブサイトは枚挙のいとまがないほどの多さである。結婚相手の紹介やウェディング業界などのビジネスも台頭しつつあり、こうした多様な場で繰り返し使用される言説にも着目したい。たとえば10年度ほど前から聞かれるようになった「イスラム的結婚式」というものがあるが、何をもって「イスラム的」と見なすかの基準はみごとなまでにばらばらである。結婚関連の業界、そして結婚に関心を払う一般信徒の言説と、イスラム法学者のそれとの差異を明らかにするだけでなく、なんらかの有機的な関係があることを確認したい。
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Causes of Carryover |
当初は代理店を通して購入する予定であった資料の一部が、出張先のエジプトで書店から直接、より安い価格で購入することが可能になったため。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
少額であるため、来年度の資料購入費用の一部に充てる予定である。
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Research Products
(3 results)