2018 Fiscal Year Research-status Report
グローバル化時代のイスラム言説生成過程に関する研究:ファトゥワーを中心に
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16K02178
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Research Institution | Tokyo University of Foreign Studies |
Principal Investigator |
八木 久美子 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 教授 (90251561)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | イスラム / イスラーム / ムスリム / 言説 / イスラム復興 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は1980年頃から顕著になったイスラム復興を、政治的な領域に限定されない、一般信徒の日常生活の細部に起きている現象として捉えたうえで、人々の日々の実践を決定するようなイスラム理解がいかに形成されるのかを明らかにしようとするものである。 平成29年度に昨今のアラブ世界で話題になっている「イスラム的/式」ウェディングに関する言説の分析を通して、ある実践が「イスラム的/式」と認識される基準は、まさに現代社会に生きるイスラム教徒のいだくイスラム(教徒)イメージと重なることが明らかになった。これを受け、平成30年度は、広くアラブ世界の言説において「イスラム的/式」を意味するアラビア語の形容詞である「islami」が現在どのように使われているか、さらにはこの語の歴史的な背景についても調査を行った。その際に注目したのは、この「islami」に類似するもう一つの語、「イスラム教徒(の)」を意味する形容詞「muslim」との用法の差異である。 明らかになったのは、以下の点である。1)コーランをはじめとする伝統的なイスラムの言説には、「islami」という語はまったく出現せず、「muslim」しかない。2)「islami」の語が多用されるようになったのは、イスラム復興が社会全体に浸透していった1990年代である。3)「muslim」が行為主体がイスラム教徒である実践や組織に対して使用されるのに対して、「islami」はイスラムの規範や理念に適った実践、組織であることを主張する、あるいはそうであることを目指す、意図する実践や組織に使われる。(「イスラム銀行」、「イスラミック・スクール」、そして「イスラム的国家」など)がその例である。 「islami」という語の頻出は、日常生活のレベルでイスラムの理念を現実に反映させようという意識の高まりを映し出す言説の特徴であることが確認された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
昨年度の「イスラム的/式」ウェディングをめぐる言説に焦点を絞った分析の結果、英語のIslam, Muslim, Islamic, pious, religiousに相当するアラビア語の単語を人々が使い分けていることが見えてきたが、それらの違いがどのように捉えられているかについて、もっとも重要と思われる「islami (Islamic)」と「muslim (Muslim)」の差異について、その歴史的な変遷をも含めて明らかにすることができた。 とくに「muslim (Muslim)」という語が、コーランなど初期イスラムの言説のなかでは「帰依者」を意味する普通名詞であるのに対し、今日では国籍や性別、職業とならぶ社会的属性を示すものに変化していることが確認されたことは大きな収穫である。この点についてさらに分析を進めることで、「イスラム教徒」という意識、自己像の変容に迫ることができると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の観点を軸に、最終年度である平成31年度は、イスラム教徒の婚礼における(花嫁)衣装に関する言説に焦点を当てたい。 その理由は次のとおりである。1)イスラム復興後、大きな変化を見せているのは女性の衣服であり、男性の衣服ではないことは、イスラム復興においても女性が境界の指標、「イスラム共同体(ウンマ)」の存在を可視化するものとなっていることを示している。2)婚礼は家族、親族が社会的に大きな意味をもつアラブ・ムスリム社会において、決定的な意味をもつ儀礼であり、花嫁が着る衣装は関係者の「イスラム性」を可視化するための重要な機能を持つと考えられる。3)近年大きな成長を見せつつある、イスラム教徒向けファッション、「modest fashion」と呼ばれるビジネスには非イスラム教徒が大きくかかわっており、もっとも注目を集める花嫁衣装にも、他者、つまり非イスラム教徒の視点からの「イスラムらしさ」が入っていると予想される。 とくに最後の点は、グローバルな環境のなかで、「イスラム教徒らしい」ふるまいがどのように形成されていくのかを考察するうえで重要になると考えている。
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