2017 Fiscal Year Research-status Report
ドイツ神秘思想におけるテオーシスの伝統―キリスト変容図を手がかりにして
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16K02186
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Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
田島 照久 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (50139474)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | テオーシス / マイスター・エックハルト / キリスト教図像学 / 宗教哲学 / スコラ学 |
Outline of Annual Research Achievements |
神学・宗教哲学領域:研究計画2年目は初年度に行った「テオーシス」(人間神化)思想が何故エックハルトのドイツ語著作集においては「誕生モティーフ」をとるのかという研究成果を踏まえて、その「誕生モティーフ」がドイツ語著作集において、更に「突破のモティーフ」へとなぜ展開していくのかをラテン語著作から解析釈義する作業を行った。ドイツ語著作集における「神性への突破」の教説は、きわめて難しい哲学史的伝統受容の問題が絡んでいる難問中の難問である。突破の力そのものが「魂のうちのある名づけられない一つの力」といわれ、非被造的神的力といわれている。神性へと帰還する非被造的力はアルベルトゥス学派」ないし「ドイツのドミニコ会学派」の中心的思想家フライベルクのディートリヒの知性論に基づいて語られていると推測されるが、エックハルトの受容はそのような力が魂の内にあるということに留まっており、詳細な解釈も理解もドイツ語著作集においてはもちろんなく、ラテン語著作ではこの力への言及さえも無い。それゆえ「突破のモティーフ」の神学的釈義は知性論とは異なるロジックの文脈で行なう必要があった。 新しいロジックの文脈は、いわゆる「超範疇的概念」と呼ばれるもののエックハルトの理解にあった。伝統的なボエティウスによる三位のペルソナへの帰属論とアウグスティヌスによる三位のペルソナへの帰属論との調停を「区別なきもの」という媒概念を用いて説明していることを論証した。それによって「父を認識すること」が「突破のモティーフ」になっていることを論証することができた。 図像学領域では研究計画初年度に引き続きオランス型キリスト像のモチーフを持つ「キリスト変容図像」の作例収集をドイツに広げて行うことができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本年度2月に田島編著の『テオーシス 東方・西方教会における人間神化思想の伝統』(全551頁)を教友社から出版することができたからである。本書ではその神化(テオーシス)思想の伝統を東西教会の代表的思想家について考察することを試みた世界でも初めての論集である。本書全体を通じて、東西キリスト教霊性史を、「神化思想」を中心に全体的に見渡す展望を拓くことができた。 その際、本書が試みたことは、東方のギリシア正教会における「テオーシス」の思想伝統に並んで、西方のローマ・カトリック教会にも同様な「テオーシス」の思想伝統があったことを箇々の思想家のテキストに依拠して立証することであった。西方ラテン教会ではこの伝統はこれまで例えば「ドイツ神秘主義」、「スペイン神秘主義」等の名で呼ばれてきた。「神秘主義」(Mystik)という語が示すように、この命名はいわば特殊な神秘家の言説または体験というニュアンスをもった枠組みでの「名指し言葉」であって、この「名指し言葉」はどの時代においてもつねに「他称」であり、さらに時代時代で「神秘」の持つ内実が何に対向してそう語られているかが流動的であった。のみならず、「名指し言葉」であることからその指し示す対象が限りなく広がりかねない傾向がある。 もしMystikを神と人間の一致、合一(unio)と定義しても、そういった境位をMystik(神秘主義)と名づける正当性を当該の思想家の著作の中で担保することはできないであろう。 しかしエックハルトの「魂における神〔の子〕の誕生」教説をギリシア教父以来の「テオーシス」(人間神化)の思想伝統に照らして見るならば、神の本性に与って神に似たものとして人間存在を成就するという基本コンセプトにしたがって、神との協働(シュネルギア)、恩恵論、否定の途、imago Dei論等々、検討すべき諸観点が明確に浮かび上がってくるのである。
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Strategy for Future Research Activity |
神学・宗教哲学領域: 研究計画最終年度に当たる3年目は、人間の神化のための根拠とされた「神の受肉」論をエックハルトはどのように理解しているかをラテン語著作中の主著と目されている晩年の著作『ヨハネ福音書注解』第116節から121節の解釈を中心にしてその全貌を浮き上がらせることを試みる。これまでは「テオーシス」(人間神化)思想の実質的内容をなす、ドイツ語著作で展開されている「魂の内における神の子の誕生」の教説を神の恩恵によってある時に魂の内に生起する救済論的出来事として捉える文脈で検討してきたが、上記のテキスト箇所からはまったく異なるエックハルトの理解が浮かび上がってくるであろう。神が人となったという救済論的出来事はわれわれの外で起こった範型(範例・手本)としてわれわれ人間ひとりひとりがいつか成就すべき事柄であるのではなく、イエス・キリストが誕生した瞬間にすべての人間において同時にすでに生起した救済論的事実であるという理解である。イエス・キリストの誕生によってわれわれすべての人間の人間的本性は神性と結び付けられたのであるという究極的な救済論である。こうした立場からは「魂の内における神の子の誕生」の教説とは、救済論的事実に無知である在り方からの解放、覚醒として説かれていると解釈できるであろう。こうしたエックハルト解釈の着想をエックハルトのラテン語テキストの正確かつ精緻な解釈を通じて論証することが本研究計画の究極的な目的となる。 図像学領域:上記のエックハルト解釈の着想に呼応するオランス型キリスト像理解を構築することがまとめの作業となる。なお最終年度は退職後1年目となるが、研究遂行にはまったく支障が無い。調査のための海外出張(イタリア、ドイツ、ギリシア)の費用対効果メリットがむしろ期待される。
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Causes of Carryover |
前年度に計画していた海外調査が職務のために実施できず、その分の繰越金が本年度全て消化できず、次年度への繰越金となったが、来年度には複数回の海外調査を計画しており、充分予算執行が可能である。
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Research Products
(6 results)