2016 Fiscal Year Research-status Report
ユダヤ教における「デモクラティア」・「自由」の出現
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16K02221
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
勝又 悦子 同志社大学, 神学部, 准教授 (60399045)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 自由 / ヘルート / ヘブライ語聖書 / ラビ・ユダヤ教 / パウロ / ユダヤ教聖書解釈 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度の研究の柱は以下の3点であった。1.「自由」についての近現代思想史、政治思想史における議論を総括すること、2.ヘブライ語聖書、ラビ・ユダヤ教時代の文献における「自由」概念を総括すること、3.比較として、同時代の原始キリスト教の旗手となったパウロの言説における「自由」概念を検証すること、である。 1については、今や古典とされるバーリンの積極的自由と消極的自由の自由論を皮切りに、アーレント、フロム、他日本における「自由論」を渉猟した。特に、井上達夫氏の「自由論」(『自由の秩序』(岩波フロンティア文庫))において、リベラリズムの基底に正義があるべきであること、自由とは秩序のより良い形式であり、秩序、正義と「自由」は密接な関係があるべきという主張は、「律法」という秩序の中で「自由」が想定されているユダヤ教における「自由」を分析する枠組みの示唆を得ることができた。 2については、ヘブライ語聖書における「自由」ラビ・ユダヤ教文献の中でも初期に編纂され、その後のユダヤ教の議論の中心となった「ミシュナ」における自由論を再検証し、総括した。双方の資料において「自由」は「奴隷」の対置となる身分を表す社会的用語であることが確認された。 3については、ユダヤ教出身でありながら精神的、個人的レベルでの「自由」を主張し、原始キリスト教の牽引車となったパウロの思想を、同時代のユダヤ教の状況、文献から考察した。パウロが置かれたユダヤ教と他者(異教徒)との境界にあっては、同時代のユダヤ教側の文献においても、律法を順守するか否かの選択を個に任されることになり、そこに個人としての「自由」の萌芽が見られた。他者との関係性の中で「自由」の可能性があることは、「自由」を考える上での示唆となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2016年度は、学内業務が多忙につき、イスラエルに渡航し、イスラエルでの資料収集、また諸研究者との意見交換の機会をとることができなかったために、近現代のイスラエルマスメディアでの「自由」「デモクラティア」の考察に関する資料を収集することができなかった。他方で、パウロとの比較考察の中で、異教徒、異文化、他者との接触面において律法をいかに順守するかについての議論から、「自由」の議論が個のレベルで発展する可能性が見いだせたことは有意義だった。あくまで律法の順守において「自由」が語られること、また他者との接触において、当該律法を順守する、しないの選択が開かれ、そのどちらの選択を取捨するのかという決断にあたって、個々人のレベルの選択の「自由」が開かれる可能性があることは、ユダヤ教独自の「自由」観として今後の考察に大いに示唆を与えるものと考えられる。 また、様々な「自由」論を読解する中で、「自由」をとらえる枠組みがより重層的になった点も評価される。
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Strategy for Future Research Activity |
2017年度は、以下の点に重点をおく。 1.タルムード、中世思想家における「自由」論の資料の収集、読解、分析。膨大なテキストであるタルムードであるが、Bar Ilan の検索システムを用いて、効率的にテキストを収集し、読み解いていく。また、中世思想家においては、イスラームの影響もうけて、より、抽象的な「自由」論が出てくると思われる。サァディア・ガオン、マイモニデス、イブン・エズラらの著書から「自由」に関する議論を収集し、地域、時代による特徴を探る。 2.ユダヤ学における「自由」「民主主義」観についての資料を収集し、読解、分析する。特に、上記の資料を分析するユダヤ学学者の論説に、「自由」「民主主義」がどの程度出現するか、そこに込められた研究者自身の視点を明らかにする。 3.現代イスラエルにおける「自由」「民主主義」「デモクラティア」議論を収集、分析する。今年度は、8月にユダヤ学国際会議のためイスラエルに訪問するので、研究発表ををするとともに、資料を収集に努める。
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Causes of Carryover |
イスラエルへの渡航及び研究資料収集を2016年度はできなかった。その分、国内で収集できる資料、文献の収集に努めたが、旅費分を全てを使い切ることはできなかった。また、資料整理、分析なども自分でできる範囲であったので、特に人件費等かからなかったために、当初計画していた人件費分が余剰となった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
昨年度末にレーザープリンターが壊れたので、余剰金で新しいレーザープリンターを購入する。また、今年度は、イスラエルでの国際学会があるので、旅費とともに、滞在中の文献購入、資料収集の費用にあてることを計画している。
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