2018 Fiscal Year Research-status Report
ユダヤ教における「デモクラティア」・「自由」の出現
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16K02221
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
勝又 悦子 同志社大学, 神学部, 准教授 (60399045)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 民 / ディモス / 民主主義 / ディモクラティア / ラビ・ユダヤ教文献 |
Outline of Annual Research Achievements |
2018年度は、「民主主義」を構成する「民」に着目して、ラビ・ユダヤ教文献を中心に、「民」に関する用語の用例分析を行った。『ミシュナ』では、様々な「民」に関わる用例が散見されるが、どれも、民の「分類用語」であり、民、民衆の資質の評価や、「民」として理想像や内実につながるような議論がされているとは言い難い。これは、一つには『ミシュナ』の法規集という文学ジャンルが関係しているかもしれないが、他方で、法規ジャンルにおける「民」「民衆」への関心の欠如は、「民」が治世に関わるという想定はされていないことも表していると考察した。 本科研費を用いて開催した2018年度12月のユダヤ学研究会では、出エジプト記ラッバ41章の分析を行った。「金の子牛像事件」を扱うこの章では、かなり変則的な形で「自由」とこの事件を結び付けている。また出エジプト記上の疑問に応えながら、民の非を断罪する一方で、最終的にはモーセの嘆願によって民は、「神の民」としての地位を維持し続ける。つまり、「民」の落ち度を弁護することなく断罪しつつも、関心はあくまでもモーセと神の関係にあること、モーセがあってこその「民」であることを示唆する点において、「民」への関心、「民」の自立については関心が薄いということが推察された。 また、ユダヤ思想上での「祭司」「預言者」像についてのこれまでの研究を論文としてまとめた。ドイツ・ユダヤ学以降のユダヤ教研究では、「預言者」的なものが重視されてきたが、本来のラビ・ユダヤ教においては、「預言」は終わったものとしてそれほど重視されていないのではないかという結論に達した。これもまた、ラビ・ユダヤ教時代の思想的背景の再構成となる。また、ユダヤ教における女性観についての論考を進める中で、「女性」への関心が、ドイツ・ユダヤ学における「自由」「民主主義」への覚醒と同時並行であることが推察された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2018年度は、「民」「民衆」に関しての文献収集、分析が進んだ点で評価できる。本科研を用い、12月に、日本国内の若手ユダヤ研究者を集めての研究会を開催した。そこでは、様々な時代、地域におけるユダヤ教文献、ユダヤ教共同体での「自由」に関する議論を行われ、有益な成果を得られた。本人は、この研究会を機会に、これまであまり扱うことのなかった『出エジプト記ラッバ』を分析することになった。『出エジプト記ラッバ』は、まだ研究が進んでおらず、また、聖書の中でも、出エジプト、十戒、戒律の授与、金の子牛事件など、ユダヤ教における「自由」と「戒律」に非常に深くかかわる出エジプト記についてのユダヤ教聖書解釈集であり、こうした聖書の物語をその後のユダヤ教側がどのように解釈したのかを集約して表現している点で重要である。新たな分析対象に行き着いたことは非常に有益である。12月の研究会では、ユダヤ教の関心は、神と聖書の登場人物であり、「民」についての解釈は総じて薄いということが導きだされた。民主主義を語る上での「民」への関心が、伝統的ラビ・ユダヤ教文献では薄いという点は、ユダヤ教、ユダヤ思想における民主主義を分析する上で、重要な視座を与えた。 加えて、19世紀末のA. ガイガーらその書簡などを分析するなかで、ガイガーらユダヤ科学の牽引者が、同化と伝統化に二極化する近代ドイツのユダヤ教の状況の中で大変な葛藤をしつつ、個人的、精神的レベルでの「自由」「自立」の覚醒を呼びかけながら、ユダヤ教の道を模索している様子が明らかになった。さらに、伝統的ユダヤ教解釈文学においては、「民」や心情レベルでの「自由」への関心の薄いにもかかわらず、近現代の民主的なユダヤ教を目指したドイツ・ユダヤ学がラビ・ユダヤ教の歴史的分析に活路を見出した点に、ある種の乖離があったことがみえてきた点は研究の進化として評価できる点である。
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Strategy for Future Research Activity |
2019年度は、最終年度として本研究課題の総括の年度となる。2018年12月に開催した、ユダヤ研究者の研究会の成果を研究書としてまとめ、公開することを目標とする。さらに、まだ分析が進んでいない中世以降の自由、民、デモクラティアをサァディア・ガオン、マイモニデスら、主要文献において分析を加える。ドイツ・ユダヤ学における民主主義論をもう一度再検討する。新たに、分析対象に加わった『出エジプト記ラッバ』の構成、解釈のバランスなどから、出エジプトにかかわる事件の後代のユダヤ教解釈の全体像を明らかにする。これによって、『出エジプト記ラッバ』の基本的性格、背景なども明らかにされるだろう。 また、並行してガイガー、ツンツらドイツ・ユダヤ学における「民」「民衆」論を抽出する。また、ドイツユダヤ学において、「自由」「民主主義」が語られ始めると同時進行で、ユダヤの女性についての議論が始まったことをふまえ、ユダヤ学における「民の公平性」「平等性」についても、デモクラティアの一環として考察する。 最終的に、これまでの議論、研究会での成果をまとめ、最終年度報告として公開し、また、意見をフィードバックさせて今後の研究への視座としたい。
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Causes of Carryover |
2018年度は、本研究テーマについて発表できる国際学会がなかったので、海外渡航費を支出しなかった。2018年度に新たに有用な資料として明らかになった『出エジプト記ラッバ』に関する原典資料、参考文献購入の費用、またドイツ・ユダヤ学における自由や民主主義の覚醒とジェンダー論の覚醒が同時並行であることを研究に加えるために、ドイツ・ユダヤ学、女性論についての資料の購入に充てる。また、最終年度であり、研究成果として国際学会での発表原稿、論文の英文校正に充てる。
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