2016 Fiscal Year Research-status Report
ネーデルラント美術にみる共感表現・スペクタクル・美術市場――レンブラントを中心に
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16K02260
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Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
尾崎 彰宏 東北大学, 文学研究科, 教授 (80160844)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 感性 / ネーデルラント美術 / ヒエロニムス・ボッス / 美術市場 / 共感 / スペクタクル / ファン・エイク |
Outline of Annual Research Achievements |
レンブラントの絵画戦略の三位一体を表す「共感表現・スペクタクル・美術市場」は、ネーデルラント美術の特質と深く結びついている。そのことを明らかにするために、ファン・エイク兄弟前後での絵画・写本における画面構成、個々のモチーフの描写の比較、「新しき信仰」との関連性を手がかりにして、ネーデルラント美術の感性が広く浸透するのに与って力のあった版画の機能について考察した。そして、上にあげた三位一体が大きく促進される「聖・俗表現」の転回点にあたる「イコノクラスム」(偶像破壊運動)前後における宗教場面の表現から、17世紀美術へと展開していく画家に注目して研究を行った。そしてとくに「聖・俗表現」の転回点に位置づけられるのが、ヒエロニムス・ボッスの芸術である糸口をつかむことができた。これは従来に見られない新しい見た方である。 ボッス作品のコピーやそれを発想源とした大量の版画作品である。ボッスの描くハイブリッドな形態は、理解不能なものとか、あるいは秘密の文書に典拠をもつメッセージとしてではなく、見る者の心をかきみだしたり、あるいは喜ばせたりする新しいメディアであった。この「メディア」は、ブリューゲル作品の版画ともども「ネーデルラントらしさ」という感性の形成にも大きな力があった。この現象を解明することは、イメージが象徴性よりも感性的な機能によって大きな力を持っていたことを示す証左となろう。こうした観点から執筆したのが「ヒエロニムス・ボッスの革新とそのリバイバル――美術市場が創る新しい感性」(『西洋美術研究』(19号)2016年)である。そこでは、ネーデルラントにおける感性を重視する芸術表現が、写本から絵画という過程だけでなく、版画という媒体においてはっきりあらわれてくることを明らかにした。それはとりもなおさず「共感関係」のあらわれとして成り立つ美術市場の裾野が拡大したことを跡づけるものとなる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
この課題の概要は次の通りである。レンブラントの絵画戦略の三位一体を表す「共感表現・スペクタクル・美術市場」の特質は、ネーデルラント美術の特質と深く結びついていることを解明するにあたって、ファン・エイク兄弟前後での絵画・写本における画面構成、個々のモチーフの描写の比較と「新しき信仰」との関連性から始めて、ネーデルラント美術の感性が一般に広く浸透するのに与って力のあった版画の機能について検討を加える。そして、上にあげた三位一体が大きく促進される「聖・俗表現」の転回点にあたる「イコノクラスム」(偶像破壊運動)前後における宗教場面の表現から17世紀へつながる特質を剔抉する。レンブラントで1つの頂点に達する「情念」表現と「美術市場」が共振する意義の解明である。こうした問題について、28年度には、まず以下の基本問題にアプローチした。写本やこれまであまり比較されなかった板絵などの断片的な絵画資料をあらためて精査すると、ファン・エイクに始まる15世紀ネーデルラント美術が、ファン・エイク以前と比較する写実性という点で大きな違いがある。ファン・エイク前後で美術表現の象徴性と写実性の関係がどう変化したのかを追跡した。この検討過程の中で、都市の勃興、商業資本の蓄積により、美術市場が芽生えたことなどが具体的に明らかになり、神の世界がこの地上で実現されたという考え方が前面に出てくるようになる。それと軌を一にして、美術において象徴性よりも感性にうったえかける美術が幅を利かせるようになってくる。感性の大きな転回が起こったゆえんだ。その問題を、28年度は、ヒエロニムス・ボッスの芸術を通して解明した。しかし、28年度は、海外調査をおこなうことができず、資料収集が十分にはできなかった。そのため次年度使用額が生じた。その点が29年度以降の課題として残った。
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Strategy for Future Research Activity |
29年度の研究は次のように進めたい。ネーデルラントにおける感性を重視する芸術表現は、写本から絵画という過程だけでなく、版画という媒体においてはっきりあらわれてくる。その中心的な役割をはたしたのが、ヒエロニムス・コックの「四方の風」である。この点については、一部、28年度に「ヒエロニムス・ボッスの革新とそのリバイバル」(『西洋美術研究』19号)で論じてあり、その論点をさらに展開する必要がある。それは、「共感関係」のあらわれとして成り立つ美術市場の裾野を拡大したことを跡づけることである。 この問題と関連するのが、ヒエロニムス・ボッスとコックの関係である。コックの版画工房「四方の風」の果たした功績のうち最大のものは、世俗的な感情表現や自然表現を大量に市場に投入したことである。その結果、画像の記号的な意味よりも、形態が与える気分や感情といった感性的な面を享受する慣習が培われていった。これがやがて画面に残す画家の筆触やタッチといった痕跡から鑑賞者は、画家の息遣いまでも感じることができるようになり、「画家の個性」という新たな価値の創出へつながる。「四方の風」の波及効果として、オランダではホルツィウスの版画工房が、物語ではなく、聖なる感情を感じることで神を直観するというプロテスタント的な神秘主義とふれあうところがあったというのが私の仮説だが、この点をさらに突っこんで調査したい。また同時に、こうした宗教画像が、美的なものとしてコレクションされた。神秘主義と美的感情との接点について、1枚の硬貨の表裏の関係にあった聖と俗併せ持つ美術が、美術市場を介して大量に取引された事実を精査することで検討したい。これは市場がいかにして感性を形成するプロセスとかかわるかを検討することでもある。パリのルーヴル美術館、大英博物館、アムステルダム国立版画素描室などでの作品調査を並行して行う。
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Causes of Carryover |
当該研究が、文献資料を読解したり、イメージ資料を入手したりという海外調査の下準備に時間を要したため、海外への渡航を見送ったことが次年度への予算を先送りした最大の理由である。しかしそれは研究の遅れというほどではなく、研究を進める中で当初予想していた以上の複雑な問題に遭遇し、さらなる周到な準備を必要としたからである。むしろ研究の深まりを表しているともいえる。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今年度は昨年度までの研究の準備を踏まえてフランス、オランダ等の海外調査などを積極的に勧め、論文執筆をも加速させていきたい。そのための資料の収集、研究者との会合などを行っていきたい。 また本研究は学際的研究の側面が強いために、分野の垣根を取りはらって歴史、思想、経済等々の文献を調査する必要があり、引き続き資料の読解を精力的に進める。
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Research Products
(7 results)