2017 Fiscal Year Research-status Report
「具体美術協会」再考―複合的視点から見直す戦後日本美術の一断面―
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16K02266
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
加藤 瑞穂 大阪大学, 総合学術博物館, 招へい准教授 (70613892)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
橋爪 節也 大阪大学, 総合学術博物館, 教授 (70180817)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 具体美術協会 / 前衛美術 / 戦後日本 / 吉原治良 / 田中敦子 / 金山明 |
Outline of Annual Research Achievements |
関西に生まれた戦後日本を代表する前衛美術グループ「具体美術協会」(略称:具体、1954-1972年)について、激しい描画行為や重厚な物質感を強調するスタイルを主流と見なす従来の「具体」解釈およびその歴史的評価を再考するために、いまだ掘り下げられていない次の視点、すなわちメンバーの固有性を明らかにする[視点1]、関西の戦前からの流れの中で見直す[視点2]、同時代の他の前衛美術や他の芸術分野とのつながり、ひいては当時の関西の社会といった、より広い文脈の中で再検討する[視点3]、以上3点に着目した。 平成29年度は、視点1に基づき前年度から引き続き、大阪大学総合学術博物館寄託の「具体」に関する未整理資料のうち、主流のスタイルを取らなかった田中敦子と金山明に関するものを精査し、これまで知られていない具体退会後の作品制作に関するまとまった資料を把握できた。また視点3を踏まえて、同館に寄贈された「具体」と同時代の関西の前衛美術グループである制作者集団「極」の中心メンバー・片山昭弘の作品および未整理資料の調査に継続して取組んだ。そして平成29年度で特に力を入れたのは、戦前とのつながりという視点2で、大阪新美術館建設準室所蔵の「具体」リーダー・吉原治良に関する戦前期の資料を調査し、戦後との連続性を考察した。これらを補完するために、「具体」関係者2名に聞き取り調査を行った。 こうした成果発表の一環として、シンポジウム「〈具体〉再考 第2回 1930年代の前衛」(大阪大学中之島センター、平成28年12月3日)を開催し、昨年度との連続性を踏まえつつ、戦前の前衛美術に造詣の深い大谷省吾氏と光田由里氏を招き討議した。大谷氏が瑛九、光田氏が瀧口修造、代表研究者の加藤が吉原の、それぞれ戦前期について発表した後、三者の志向の同異点を探った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
視点1に基づく田中敦子・金山明関連の資料については、昨年度分も含めて全体の約8割を整理してデータベース化した。特に写真は撮影後50年前後のものが多く経年劣化が懸念されるため、昨年度終了時点で残ったネガのほぼすべてに当たる41本(947カット)をデジタルデータへ変換した。また並行して進めた視点3に基づく「極」の片山昭弘の作品・資料の整理および調査では、昨年度末に残った作品40点、資料387点のデータベース化を完了した。田中・金山分も含め資料整理の進捗状況は、写真のデジタル化が当初予定よりやや遅れているが、全体としてはほぼ順調である。加えて、大阪新美術館建設準室所蔵の「具体」リーダー・吉原治良に関する戦前期の資料を調査し、視点2の考察を深めた。 これらを補完する意味で行った関係者への聞き取り調査については、昨年度に引き続き元「具体」メンバーの一人で田中・金山に親しく接した鍋倉武弘氏と、来年度に実施予定のシンポジウムのテーマとなる「大阪と前衛美術」を見据え、元「具体」メンバーの一人で、都市の中で美術のあり方を見直す作品を手がけてきた今井祝雄氏にそれぞれ1回ずつ行った。当初予定回数の半分になったが、いずれもまだ活字になっていない事実を多数確認できた点で有意義であった。 また研究発表のために実施した視点2に則るシンポジウムでは、瑛九、瀧口修造、吉原治良の各自の「物体」ないし「物質」に対する志向を掘り下げると同時に、戦前から戦後への連続性や、吉原の志向の特徴を導き出した。来場者は定員60名を超える77名となり、前回同様、熱心な愛好家が確実に存在することを再認識できた。本シンポジウムは書き起こしを行い、大阪大学総合学術博物館ホームページで全体の約半分をすでに公開し、残りも5月中をめどに公開予定となっている。
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Strategy for Future Research Activity |
平成30年度には、視点1に基づいて前年度に引き続き、大阪大学総合学術博物館寄託資料のうち、田中・金山関連の整理およびデータベース化の完了を目指し、特に写真については、残ったポジのデジタルデータ化を速やかに進めていく。当初計画していた、新たな寄託予定資料の調査については、当該資料の移動が諸般の事情ですぐには実施できない状況になったため、田中・金山以外の資料にも目を向け、まとまっている上前智祐関連の資料、特に日記について精査していく。そのほかにも、元「具体」メンバーより新たに寄託を調整している資料について、整理・調査を進める態勢を整え、一連の作業にあたっては主に大阪大学大学院生の協力を仰ぐ。 またこれらを補完するための関係者への聞き取り調査は、田中・金山関係者に1回、29年度に予定し実施できなかった「極」の片山氏ご遺族に1回、吉原の経営した会社に一時所属していた「具体」の主要メンバーに、視点3の文脈から1回行う。このうち片山氏ご遺族には、多数の資料写真で詳細が不明の複数の人物について確認を依頼し、前年度完了した資料データベースに反映させる。また元「具体」メンバーへの聞き取りは、年度内に予定しているシンポジウムに生かせるような内容にしたい。 以上の研究成果発表のために、平成30年度は視点3に着目した「具体」再考の3回目のシンポジウムを開く。過去2回よりも広い文脈となる、大阪という都市と前衛美術との関わりをテーマにし、パネリストとして、大阪で生まれ育ち、都市における美術についてこれまで発言してきた元「具体」メンバーや、近代日本における広告・デザインの研究者を招く予定である。討議では、戦前の大阪で斬新なグラフィック・デザインを手がけた前田藤四郎に詳しい研究分担者も加わって考察を進め、その書き起こしは、開催後半年以内に大阪大学総合学術博物館ホームページにて公開する。
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Causes of Carryover |
[理由]新たな寄託予定資料の移動および整理・調査を実施できなかったことが主な要因で、輸送費等その他の費用と、アルバイト人件費が当初見込額より少なくなった。また、資料整理に従事する大学院生が当初予定していた人数集まらなかったことも、人件費縮小の要因となった。
[使用計画]研究計画そのものに変更はないため、次年度使用額も含めて当初予定どおり研究を進める。寄託を予定している資料の移動については速やかに調整を進めたい。また、資料整理にあたって協力者の大学院生らの人数や時間数を前年度よりも充実させ、データベース化の着実な進展を図る他、聞き取り調査は年度の早い時期から調整を行い、確実に実施する。
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