2018 Fiscal Year Research-status Report
「革かフェルトか!」打弦素材の変換がもたらした鍵盤音楽におけるパラダイム転換研究
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16K02311
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Research Institution | Wakayama University |
Principal Investigator |
山名 仁 和歌山大学, 教育学部, 教授 (00314550)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | フォルテピアノ / ハンマーヘッド / 革 / フェルト / 素材 / 演奏法 / 解釈 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は前年度の聞き取り調査で確認された、ハンマーヘッドの最上部がフェルトか革かに起因する音色の相違についてのフランス語圏の修復家とドイツ語圏の修復家との間で見解が異なっている要因について、使用されていた革の質の相違に起因するという有力な仮説を立てることができた。ドイツ語圏においてハンマーヘッドを覆う革の層は2~3層から徐々に増え3~6層となっていくものの、植物性タンニン鞣しの革が使用されており、最上部についても同様であった。この植物性タンニン鞣しの革は硬く締まっており、後述する油鞣しの革と比較すると薄く(1~2mm)、色は茶色である。そして40年代に一時的にフェルトの使用が模索されるものの、再び植物性タンニン鞣しの革が選択され、これが1850年代以降も継続された。一方で1830年代にフェルトと革のハンマーヘッドの最上層が混在していたフランスにおいては、黄色い油鞣しの革が同箇所に使用され、この革は比較的分厚く(4~5mm)触感は植物性タンニン鞣しの革と比較するとより柔らかであった。つまりパリとウィーンでは打弦素材の変遷の過程が異なっていたのだ。前述の質感の相違がフランスにおいてはフェルトと革の選択の柔軟性に繋がるとともにフェルトへの移行を容易にし、一方でドイツ語圏においては革のみの時期が長く続き、革からフェルトに移行した際の音色の変化は大きかったと考えられる。また現代の修復家はそれぞれ専門としている楽器が限定されている場合が多く、音色に関する見解の相違に繋がったものと考えられる。この他に下層部については1840年代以降も、パリ、ウィーン共に革は用いられたことも明らかとなっており、1820年代から1840年代にかけてみられるハンマーヘッドの素材の多様性は、同時代のピアノ演奏に多大な影響を与えていたと推測されるところである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまでのピアノの歴史観は、チェンバロの時代からフォルテピアノの時代に入り、革のハンマーヘッドを持つ5オクターブから6オクターブ半の音域を持つ楽器が作られた後、フェルトへの転換が図られ現代の楽器に至るといった大まかな変遷が語られるのみであり、19世紀におけるピアノのめまぐるしい技術革新にはほとんど目が向けられていなかったと言えよう。しかし19世紀は産業革命の波及効果によって、ハンマーヘッド一つとっても、構造、素材、製法において日進月歩の変化があり、それはまさに西欧諸国における工業化の賜物であったと言える。こういった劇的な変革が実はチェンバロの発音機構において起こっていなかったことから、フォルテピアノにおける発音機構の技術革新は鍵盤楽器の歴史家にとって盲点であったと言って良い。本研究はこの盲点を現時点において以下のように補完するものとなっている。 1)1840年代以降も、パリ、ウィーン共に革は用いられた。2)しかし、革の使い方がパリとウィーンで異なっている。パリにおいては、分厚い革を使うことによって革のフェルト化が行われていた。一方、ウィーンでは1840年代においても薄い革が使用された。3)パリとウィーンでは打弦素材の変遷の過程も異なっていた。パリでは、1820年代から1840年代にかけて、革とフェルトを併用することによって、革からフェルトへの変化は緩やかに行われた。それゆえ、特にプレイエルの場合、革からフェルトへの変化によって音色が極端に変わったとは考えにくい。ウィーンの場合、フェルトの導入は遅く、革のみの時期が長く続いた。それゆえ、革からフェルトに移行した際の音色の変化は大きかったと考えられる。4) 1820年代から1840年代にかけてみられるハンマーヘッドの素材の多様性は、同時代のピアノ演奏に影響を与えていたと推測される。
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Strategy for Future Research Activity |
引き続き現代の一般的なピアノのハンマーヘッドの構造であるフェルト2層に落ち着くまでのハンマーヘッドの歴史についてできるだけ多くの資料を収集し、18世紀から20世紀初頭までのハンマーヘッドの歴史の基本的な流れを把握する必要がある。それは①最上層の素材の変遷、②第2層以下の革とフェルトの構成の変遷の把握に加え、③パリを中心としたフランス語圏、イギリス、ウィーンを中心としたドイツ語圏といった地域ごとの変遷の差異について、できるだけ多くの情報を集約していく必要がある。 次に最終年度に向けての録音サンプルの作成についてである。ショパンはワルシャワ時代にウィーンとイギリスの楽器の双方を経験し、パリにおいてプレイエルを使用しながらもハンマーヘッドの最上部が革である場合とフェルトの場合の双方を経験した作曲者として、本研究においては非常に重要な存在となっている。ただし前述の分厚い油鞣しの革については鹿の首の背中側の革が使用されていたことが分かっているものの、パプのフェルトについてはその製法が殆ど分かっていない。プレイエル修復の専門家であるオリヴィエ・ファディーニ氏によれば復元の途上であるとのことである。従って現在のところ、1830年代のパリにおける革からフェルトへの緩やかな移行を踏まえた両者の音の比較を目的とした録音企画は時期尚早であると考えている。そこで同じショパンにおいて、ワルシャワ時代のタンニン鞣しのハンマーヘッドを持つ楽器と、パリに移ってからの油鞣しの分厚い革のハンマーヘッドを持つ楽器の比較をする録音サンプルの作成を考えている。その際楽譜上に書かれたスラー、スタッカート記号、アクセント記号、強弱記号、ペダル記号等のワルシャワ時代の記譜とパリ時代の記譜の相違を明らかにすることによって、フェルトへと緩やかに移行するプレイエルのハンマーヘッドの特性を明らかにすることができると考えている。
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Causes of Carryover |
これまでの研究の結果から、1830年代のショパンの使用していた楽器に使われていた可能性のあるフェルトについてはまだ再現の見通しが立っていないことが明らかとなった。このことから研究成果としての録音のために借用する楽器について再考する必要が出てきた。現在想定している楽器を借り入れるための予算として急遽77,908円を次年度に使用することとした。
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Research Products
(2 results)