2019 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K02329
|
Research Institution | Taisho University |
Principal Investigator |
森 覚 大正大学, その他部局等, 非常勤講師 (00646218)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | 仏教絵本 / 宗教絵本 / 宗教表象 / メディア / 再話 / 神話作用 / イデオロギー / ポスト・グーテンベルク |
Outline of Annual Research Achievements |
令和元年度は、近現代の仏教絵本を通して生成されるブッダのイメージ分析を理論的に行うため、「表象」という概念を導入することにした。表象は、さまざまな意味が与えられた複雑な言葉である。しかし今回の論究では、意識に浮かびあがる記憶保存された心のなかの形や思想などを指す哲学用語としての表象と、心のなかの形や思想などをもとに、メディアが物体的に表現したあらゆるものを包括する美術用語としての表象へ注目する。 そのうえで、フランスの批評家ロラン・バルトの神話作用(イデオロギー批評)と、比較文学者ジャック・ザイプスの再話論を援用し、仏教の絵本表現にみられる、ある個人や、集団の願望と思惑を反映し、人々に特定の思想やイメージを植えつけ、感化させた個人の思考や行動を誘導する宗教表象の機能と、その再生産について明らかにしようと試みた。 メディアとしての仏教絵本により具現されるブッダの表象は、ものの見方、考え方といった人間を取り巻くこの世界の受け止め方に影響を与える多種多様なイデオロギーが反映されている。諸個人は、絵本表現の受容を通して、それらのイメージやイデオロギーに感化されることで、宗教という枠組みに留まらない、さまざまな文化レベルの価値観や規範を身につけていく。このことは、ある特定の意図をもって個人を社会化していく作用だけでなく、新たなブッダの表象が生み出される基盤を醸成する要因ともなる。 人間は、時代とともに移り変わる価値観に応じた形態へと表象を創りかえ、再生産し、利用してきたといえる。だとすれば、誰の、どのような願望と思惑から表象が生み出されるのか。また、そうした表象は、メディアを通じていかに利用され、人々の意識のなかで共有されてきたのか。さらには、ある特定の意図のもとに、人々を社会化する手段として機能する表象が果たしてきた役割とは何か。本年度は、このような問題意識を設定し、研究を進めた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今年度は、6月1日・2日に開催された第22回絵本学会大会のラウンドテーブルとして、本研究課題の関連シンポジウムを企画し、コーディネーターを務めた。「宗教と絵本 仏教・キリスト教・イスーラム教の絵本を通して」と題し、元鈴木出版の永吉敦郎氏、北海道大学大学院教育学院の山口恵子氏、東京大学の前田君江氏の三名を招聘。三大宗教絵本の比較を行い、9月に執筆した大会報告書を公表した。 その後、11月23日付の図書新聞3424号に「ジャータカものがたり はじめてのともだち 生まれ育った環境や生物の種を越えた友情物語 「再話」によって、同時代的なメッセージも物語に組み入れられる」が掲載。この書評では、ザイプスの再話論に依拠し、2019年9月に小学館から刊行された『ジャータカえほん はじめてのともだち』の表現から読みとれる社会的メッセージについて分析した。 2020年1月25日には、「仏教と近代」研究会の第22回研究会「大澤絢子『親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか』書評会」に評者として招聘され、「再生産される宗祖像―メディア、表象、記憶」と題した書評発表を行った。当初に計画していたブッダ像と宗祖像という今年度の研究目標と一致させたこの論評では、『親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか』の議論を補強するべく、近現代の仏教絵本を手がかりに、親鸞と日蓮の宗祖像にみられる歴史的変容と、近代仏教研究により形成されたブッダ像との共通点と相違点について紹介した。 また、今年度は、科研費研究課題の研究成果をまとめた出版論集の編著者として執筆と編集に時間を費やした。勉誠出版から2020年3月31日に刊行された『メディアのなかの仏教─近現代の仏教的人間像』では、巻頭言、序論、第一章、あとがきを担当し、他の執筆者からは、近代ドイツ仏教学のブッダ像、現代マンガのブッダなどの科研費研究課題に関連する論考が提出された。
|
Strategy for Future Research Activity |
絵本学会大会のラウンドテーブル「宗教と絵本 仏教・キリスト教・イスーラム教の絵本を通して」では、編集者・研究者・翻訳者という幅広い立場のパネリストとともに、コーディネーターとして、制作現場の実情、聖性をめぐる表現事例、消費と活用の実態について意見を交換した。開催前には、週刊仏教タイムス誌上で紹介記事が掲載され、当日は、キリスト教月刊絵本を発行する至光社の武市晴樹氏からもコメントをいただくなど、大いに盛況を博した。なおこの場は、絵本学会で初となる科研費クレジットのシンポジウムであったことも付記しておく。 また、今年度の大きな成果である編著『メディアのなかの仏教─近現代の仏教的人間像』では、近現代の多様なメディアが生成する、ブッダをはじめとした仏教的人物の宗教表象を展開に注目した。そこで中心課題に据えたのは、人々が生み出した仏教文化とは、いかなるものであったのかである。そこから、社会的に生み出された文化的所産である仏教的人物像の性質と機能を明らかにし、仏教文化に見られるメディア表現の創造と受容の実態を明らかにしていく各論を展開する。また、序論では、地域差や時代とともに移り変わる価値観に応じて改訂され、メディアを通じ、人々に拡散される表象の問題へと言及している。表象の変容に関する理論的説明は、本研究課題の根幹をなす部分であるため、書籍という形態で文字化したことは、今後、研究進展に寄与する重要な成果だと考えている。 最終年度となる令和二年度の研究計画では、仏教絵本の読者受容をテーマとしているが、絵本学会のシンポジウムにより、ある程度明らかにされた。そのため、今年度は、パネリストの録音データを文字化し、さらなる検証を加えたいと考えている。また、ブッダ絵本の萌芽を探るため、明治期草双紙と大正期の仏教絵本の比較をし、近代の仏教絵本というメディアとしての形成についても論考を重ねたい。
|
Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由としては、調査を進めるうえで必要な記録機材と図書文献の購入手配が年度末まで間に合わなかったためである。購入計画では、すでに科研費で購入しているカメラとビデオカメラといった資料記録用の撮影機材に付随する周辺機器と記録メディアを購入しようと検討していた。また、表象文化研究や美術研究、絵本研究に関連する書籍についての購入予定リストを作成していたが、予算執行までには至らなかった。それに加え、新型コロナウイルス感染拡大の外出自粛により調査出張を延期せざるを得なかった事情もある。 特に執行遅延の原因となったのは、当初予定していなかった研究論集『メディアのなかの仏教─近現代の仏教的人間像』を東京神田神保町の勉誠出版から刊行する機会を得て、科研費の研究課題を広く社会へ発信することに力を注いだためである。編著者として、出版計画の策定、執筆作業の全体管理と作業、出版社との交渉、原稿の確認と修正、装丁デザインの確認などの作業を一手に引き受け、その作業を優先させたことが、結果として執行計画や書類申請の遅延を生じさせる事態へとつながった感は否めない。 次年度は、購入を計画していた資料記録用の撮影機材に付随する周辺機器と記録メディア、表象文化研究や美術研究、絵本研究に関連した書籍の購入を速やかに進める。また、追加で購入する計画も立てているので、余裕を持った予算執行手続きを進めたい。
|
Remarks |
2020年3月刊行の『絵本学会研究紀要 絵本学会』第22号に収録された、森 覚と石井光恵氏が編集委員を務める「2019年絵本研究参考文献目録(2019年1月-12月発行分)」では、2019年1月刊行の『仏教文化学会紀要』第27号に掲載された「近現代の日本におけるジャータカ絵本の成立」を、研究論文リストに加えた。
|
Research Products
(3 results)