2016 Fiscal Year Research-status Report
芸術経済指標GAPの新規策定による厚生芸術の実践的研究
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16K02355
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Research Institution | Tochigi Prefectural Museum of Fine Arts |
Principal Investigator |
山本 和弘 栃木県立美術館, 学芸課, シニア・キュレーター (30360473)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 芸術経済 / アーティスト / サバイバル / 社会厚生 / 厚生芸術 / ミクロ芸術 / マクロ芸術 / 芸術経済学 |
Outline of Annual Research Achievements |
「アーティストのサバイバル実態調査2014」における727サンプルをアーティストの属性(年齢、性別、居住地、アーティストとしての収入、アーティスト以外の収入、世帯収入)から予備的にクロス集計した。アーティストとしての満足度、不満、社会からの評価、大学で学んだこと、大学で学びたかったこと(教えられなかったこと)などに属性毎の差異は見出せない。すなわち年齢、性別、出身地などあらゆる属性においてアーティストは戦略なき生産者すなわち消費者に留まっている実態が明らかとなることが予想される。換言すれば芸術経済ハンス・アビングの指摘する芸術神話という病は日本にも確実に巣食っていることが明らかとなる。芸術社会学者のナタリー・エニックに即せば、18世紀の古典主義時代に生まれた「召命モデル」への精神的依存度が高く、破滅的なボヘミンアン神話に埋没している。 大学でサバイバル方法を教授されないまま社会に出されたアーティストは、在学中と卒業後も一向にその格差が解消されることはないことが予備集計からも明らかに推測される。 以上の結果は「アーティスト総生産GAP」を策定する上で、いくつかの指標を提供する。ここでの幸福度の尺度は「経済的な成果ではなく、アーティストであり続けること」という経済学では測定しえない「主観的要因」によることになり、定量分析という本研究の基本方向は統計学的手法から自由回答の定性的分析に軌道修正する必要がみえてきた。 「芸術資本論」「文化GDP」という本研究と重なる言葉が社会化されてきた今日「アーティスト総生産GAP」は成功したわずかのアーティストの生産余剰によってのみ測定しうるものである可能性が大きくなってきた。これは本研究の究極の目的である自称アーティストの厚生を向上させることではなく、調査対象から自称アーティストを排除せざるをえないという方向性がみえてきたことを意味している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
属性別のクロス集計にはあまり差異は見出せない。このことは芸術神話が世界共通であることを示すものである。それにもかかわらず「なぜ日本のアートマーケットの市場規模は小さいままなのか」という芸術社会学者の提起した問題の答えもここにある。すなわち社会一般では共有されている経済学的情報が芸術セクターでは「例外」として拒絶されているというアビングの提起する仮説が実証される可能性が出てきた。 一方で厚生芸術は芸術神話は脱呪術化すること、すなわち神話という病を治癒することを目的としている。神話の実態は定量分析ではなく定性データの解析によって鶏鳴される可能性が出てきた。 同時に浮上した課題は「アーティストとして経済的に自立する」という神話の解体。これは「兼業アーティスト」の育成と社会的地位の向上という現実目標となる。これは定量的データによってではなく、アーティスト自身の意識の変革を求めていくことになる。 クロス集計分析の比重を減らし、速報値と定性データの分析結果を経済学方法と社会学的方法を併用して分析を進める。 また計画以上の成果として、経済に重きを置いていた厚生芸術の研究は「法的」側面の研究も同等に重要であることが明らかになってきた。なぜならアビングの仮説である芸術神話は法的に有効なものとして作品売買とは異なる資金源となっている事実が判明したからである。芸術が例外的経済であるだけではなく、芸術神話が法的に悪用され資金調達に利用されていることは、消費者に留まる多数の自称アーティストとエスタブリッシュ・アーティストといわれるセクターとの格差の分析にも有効となる。 なお、「日本のアート産業に関する市場レポート2016」(一般社団法人アート東京)が公表された。芸術神話の解体という厚生芸術の研究目的とは異なり明確な問題設定は見出せないが、調査データの少ない研究分野だけに比較研究の資料としての価値は小さくない。
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Strategy for Future Research Activity |
クロス集計の結果は全体集計の速報値とあまり差がないことが明らかとなった。クロス集計の偏重は、より重要であることが判明した単純集計速報値を軽んじることになりかねない。 これを受けて、脱呪術化の社会プログラムを具体的に策定することに研究の方向性を向ける。具体的には調査回答者の自由回答の分析の比重を高め、神話という病の感染源を探る。想定される原因は、芸術系大学における美術団体系教員のヘゲモニーの存在(これは近年急速に低減しており、神話内存在としての自覚が芽生えている)。他は独自のアレルギーとしての街角でのキャッチセールスによる版画等販売である。インターネットの普及によってキャッチセールスは激減したのは事実であるが、「アートのコレクション=キャッチセールスの悪夢」は日本人のトラウマになっている可能性が極めて高い。世界に比して極めて少ない富裕層のアートコレクター数と鑑賞するだけの美術ファンは世界有数であるが、コレクターに成長しない原因(芸術GDP)を低位に固定させている理由は、経済構造とともにトラウマにも求められる可能性が高くなった。 「アーティスト総生産GAP」の策定にはアーティスト側の情報のみならず、コレクター(実際には鑑賞者にとどまる美術ファン)の神話構造の分析研究も必要であることがわかってきた。したがって「アーティスト総生産GAP」が過小と推測される原因は、生産者としてのアーティストのみならず、需要者であるコレクターの過小ではなく「不在」の原因究明を急ぐ必要がある。「アーティスト総生産GAP」の策定には経済学的定量データの分析と同時に需要者の心理分析と社会構造分析も不可欠となる。 「日本のアート産業に関する市場レポート2016」(一般社団法人アート東京)は特殊な問題設定がないために、需要者側データとして活用可能なため、「日本の芸術総生産」の参考指標として比較分析も同時に進める。
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Causes of Carryover |
クロス集計の集計費用は手作業にで簡略化したため、コンピュータ機器購入費や調査分析委託費などの残が出た。また海外研究者との共同研究も安全上の配慮から次年度以降に延期となっている。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度以降にコンピュータ機器購入費や調査分析委託費などの使用する。また海外研究者との共同研究を進める経費として使用する予定である。
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Research Products
(1 results)