2017 Fiscal Year Research-status Report
芸術経済指標GAPの新規策定による厚生芸術の実践的研究
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16K02355
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Research Institution | Tochigi Prefectural Museum of Fine Arts |
Principal Investigator |
山本 和弘 栃木県立美術館, 学芸課, 技幹(研究職) (30360473)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 厚生芸術 / 芸術経済学 / サイバイバル / ミクロ経済学 / 美術市場 / 芸術生産者 / 芸術消費者 / 顕示的消費 |
Outline of Annual Research Achievements |
平成29年度の調査で明確化されたのは、それまで芸術関係者とは無縁と思われていたセクターが芸術に深く関与している事実である。それは従来の芸術関係者をインサイダーとすれば、まさにアウトサイダーである。当然、従来の前者は芸術的価値を前提とはするのだが、後者は経済的価値を第一義に考えるアートファンドなどのマネーピープルである。 この新興アウトサイダーの存在が芸術経済の現場において、マーケット的成功と失敗の差を従来以上に大きくしていることが調査からわかった。その存在によって例えば昨今欧米での経済的評価の高まった1930年代、1940年代生まれのアーティストの作品が高値で取引され、アーティスト自身の厚生を向上させている事実はたしかに確認できる。この波に図らずも乗れたアーティストの層は拡大しており、アーティストの厚生全体にとっては好ましいことではあるが、そのメカニズムはアーティスト自身にもよくわからない状況が出現している。 この調査において困難なのは、これらマネーピープルすなわち金融のプロたちの実態の調査が極めて困難な点である。彼らの基準は、芸術界における成功者と未成功者ではなく、ヴィンテージ・カー、時計、ワインなどと同等の交換価値と値上がり期待値にある。これらの文化的金融商品との芸術作品との差異が曖昧になり、高利回り商品としての認知の確立が一部のアーティストの厚生をかつてないほど向上させている。このことは成功したアーティストと非・未成功者との格差を広げている。(この点は従来、物故アーティストと現役アーティストとの差として論じられてきたもの)。 すなわち20世紀後半から21世紀初めにかけての芸術の経済的価値というよりも商品的価値の向上はたしかに、アーティストにも還元されてはいるのだが、そこで生まれた剰余価値の多くの部分は美術市場以外の市場すなわち金融市場へと還流しているのが現状である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初予想の美術界内部の統計データの分析では、成功したアーティストと非・未成功者との差異が明確化されえない、ということの発見は極めて大きい。属性分析によっても、大学での美術教育が中程度の成功アーティストの成功譚に依存しており、社会における芸術経済のシステムの中で、なぜタフなアーティストを育成できないかの原因は究明できた。だがこれは消極的要因の究明にすぎない。このような美術界内部の調査では、21世紀になってモンスター化した美術市場から肝心のアーティストが取り残される現象を解明することはできない。 上記実績は当初目的の芸術界内部の統計的研究では完全に隠蔽された未知の情報およびセクターへと調査範囲を広げる必要を迫るものである。なぜなら直接面談した成功しアーティストやその取引に関与したコマーシャル・ギャラリー自身が購入者の実態を把握できないままにその外部(アウトサイド)でマーケットが増殖しているからである。美術界のランキングでトップに君臨するアーティストやディーラーがモンスター美術市場のトップではなく、より大きな金融市場における小さな駒の一つにすぎないという実態の解明は、本研究の目的であるアーティストの厚生の向上、ひいては芸術愛好家以外も含めた本研究の究極の目的である人々の厚生の向上にはつながらない。 今後は美術界の統計データではけっして把握することのできない巨大金融市場における金融商品としての美術品とアーティストの「位置」の構造を明快にし、美術作品の剰余価値が美術界の内部に健全に還元されるシステムを調査しなければならない。すなわち美術が経済的側面を隠蔽する時代が長く続いたが、その弊害は経済に無知アーティストと美術関係者を増やしたのみならず、その利益をさらわれる経済構造に巻き込まれるという二重の悲劇の中に厚生芸術はおかれている。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの成果である美術大学が原因となる経済的側面軽視の弊害を調査結果として積極的に開示する活動を展開する。 本研究によってより解明の必要性の緊迫度が高まった従来の美術関係者の外側に(あるいは上部に)構築されている美術金融市場の構造を解明し、それらの剰余利益がたんに金融市場で循環するのではなく、美術界すなわちアーティスト、愛好者、コレクター、美術館、地域社会へと還元されるシステムの端緒を積極的に調査する。 そのためにはアーティスト個人のサーベイではなく、美術界の外で商品として美術に寛容するセクターにおける情報の収取と分析を進める。 このことは新たな芸術経済指標GAPは、従来の統計的手法でGDPの中に占める位置を明確にするのではなく、芸術経済指標GAPとGDP全体の中間領域にある金融美術セクターを調査の俎上に載せることによって、芸術経済指標GAPの基盤フレームを拡大していきたい。
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Causes of Carryover |
当初予定の定量的調査方法を定性的調査方法に修正したため、統計的集計の外注費用が次年度の定性的調査方法で使用するために繰り越すこととなった。 定性的調査方法は研究代表者が実地に赴くことによって成立する調査方法である。 よって次年度使用額は調査旅費に充当することとする。
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Research Products
(9 results)