2018 Fiscal Year Research-status Report
芸術経済指標GAPの新規策定による厚生芸術の実践的研究
Project/Area Number |
16K02355
|
Research Institution | Tochigi Prefectural Museum of Fine Arts |
Principal Investigator |
山本 和弘 栃木県立美術館, 学芸課, 技幹(研究職) (30360473)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 厚生芸術 / 芸術経済学 / 美術市場 / サバイバル / 社会彫刻 / 美術制度 / 芸術大学 / 文化制度 |
Outline of Annual Research Achievements |
厚生芸術の実践的研究は、アーティスト全般の厚生状況を数値化した「アーティストのサバイバル調査2014」を発展させ、アーティストがエスタブリッシュされる要因を探り、アーティストが成功する因子を科学的に解明し、美術における学術と経済市場双方の発展に寄与し、ひいてはGDPそのものを増大させるために策定されるものである。 この調査は、実際に各アーティストにインタビューを行うと、匿名のサーベイとは異なり、本音の回答が得られないという困難に直面する。さらにインタビューに応じるアーティストの数も限定され、特殊事例を一般化しうる十分なサンプル数を確保できない困難もたちはだかる。 この状況から本研究は若干の軌道修正を迫られるとともに、厚生芸術研究の本来的目的である芸術活動そのものがすべての人々の厚生(すなわち幸福)の増進に寄与すべきと唱えたヨーゼフ・ボイスに代表されるソーシャル・アーティストの活動と社会活動家との関係、またそれらの活動の末に残された作品(オブジェクト)が富裕層の所有物となって市場が安定するという経済的には非民主的状況をあらためて露わにさせる。 「人々の厚生(すなわち幸福)の増進」というコンセプトの活動と作品が、一般市民ではなく、一部の富裕層の所蔵へと収斂するジレンマと矛盾こそが、アーティストがエスタブリッシュされる要因の解明とGAP(Gross Artist Product)の策定を妨げる遠因となっていることがわかる。 よってGAPの解明は、きわめて偶然的な要因(批評家、キュレーター、ギャラリスト、批評家、コレクターという人的要因)と制作された作品が最終的なコレクションに行き着く要因(展覧会、ディーラー、仲介者、マスメディア、コレクターへの金銭の流れという物的要因)をブラックボックス内で研究するよりも、J.ボイスの活動を一般性のある事例として研究することに帰着することになる。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
文献や作品ではなく、アーティストという生身の人間を対象とする本研究の困難さは、インタビューの回を追うごとに明快になり、自ずと研究の方向性は軌道修正される。 この困難は従来の芸術経済学者すなわちアートワールドの人間(アーティスト、ギャラリスト、コレクター、キュレーターなど)を知らない「部外者」には、その困難性自体が不可視である。本研究はアートワールド部外者に不可視の諸問題を可視化させた意義が極めて大きい。その中でもサンプル数は少ないが、本音を語らないエスタブリッシュされたアーティストたちの発言から抽出した因子が、芸術経済学者ハンス・アビングが導出した 神話体系と合致することが裏付けられた。すなわち本研究の中心となるインタビュー調査は、サンプル数で説得力のあるデータを収集することではなく、アビングの神話を具体的に裏付けることが本音を語らないアーティストの真の本音から明らかになった。 また日本独自の特質として、アビングでは国家が主体となっていた美術市場の形成者(実は消費者)に地方公共団体が広く関与する実態も明らかとなった。J.ボイスとA.センが共鳴した「創造性creativity=capability)が、経済学者と同じアートワールドの部外者である行政コンサルタントによって安売りされ、多くの部外者である地方自治体が、感光資源としてアートを消費する実態が明らかとなった。アーティストとともに創造するのではなく、アートの名のもとにアートを消費する消費者というプレイヤーになっている。このことは美術市場を拡張すること、すなわち市民やアーティストの厚生を向上させることなく、アートワールドの外部へと芸術資金を流出させる要因となってしまっている。安売りされた創造性は、ボイス、H,シュタイエル、T,ヒルシュホルンなどの戦闘的アーティストに触れることなく、コンサルタントによって市場外に連れ出される。
|
Strategy for Future Research Activity |
本研究における既述の困難性は、厚生芸術研究の起点であったJ.ボイスとH.アビングのアートワールドの「部内者による芸術経済学研究」の統合の重要性を奇しくももたらした。このことは日本の代表的エコノミストである加藤出氏の「サッカー選手の年俸と美術市場高騰の連動性」という一般には、アート界の部外者と部内者の双方の盲点を突く特異な研究によってその突破口がもたらされつつある。ここで見出されるのが、価格や賃金が平等で民主的な方向ではなく、格差増大の方向に拡大されつつあることだ。つまり厚生芸術が目指す「芸術神話の脱呪術化」とはまったく逆方向のベクトルが強大化している。 ただし多忙で高額な収入は数人に集中することなく、たしかに多数の高額所得アーティストが生まれている。だが問題は格差である。市場の弱者は淘汰され、市場は健全化されているのか、「多数の勝者」がより多くの潜在的勝者を駆逐(淘汰)しているのかの実態を本研究は問うべき段階に達している。 2020の東京オリンピックと併行して、スポーツと芸術が基幹産業に変化する時代に、市場によるアーティストの淘汰と厚生芸術による脱呪術化が両立しうるのか否かという日本的問題は、アビングの最新の研究テーマとも呼応し、新たに芸術経済学の指針を示すものとなる。世界規模では、美術館が研究施設であると同時に自然資源に優る観光資源となる世界経済の現状と厚生芸術研究は共鳴している。 本研究が提起する問題を踏まえたアーティストの作品が、民主的に消費されるのではなく、S.ベブレンの分析どおり「顕示的に消費され」、P.ブリュドゥーのいう「卓越化」に活用される構造は、王侯貴族の時代と変わらない。こうして市場で成功するアーティストと成功しないアーティストの格差という芸術経済問題は、ロシア構成主義と社会主義リアリズムの政治権力との対比によるB,グロイスの芸術政治学研究と共鳴してくる。
|
Causes of Carryover |
本研究の共同研究者である芸術経済学者でオランダのロッテルダム大学名誉教授のハンス・アビング氏が高齢による体調不良のため、直接面談による共同研究が延期となっていた。 今年度はアビング教授の体調回復が見込まれるため、本研究の結果を面談のうえ検討し、本研究の芸術経済学の現在における世界レベルの位置を見極めるまとめの作業を行う。 またJ.ボイスがアーティストの活動として先取りしているソーシャル・アーティストというステイタスと芸術経済学研究の統合は、過去に類例を見ない新規性をもつことから、芸術経済学発祥の地のひとつであるオランダとその近郊で誕生したボイスの芸術思想の親近性をも研究に加え、本研究のいっそうの到達度を高める計画である。
|
Research Products
(17 results)