2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K02396
|
Research Institution | Tohoku University |
Principal Investigator |
佐藤 伸宏 東北大学, 文学研究科, 教授 (70148724)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
|
Keywords | 翻訳 / 近代詩 / オノマトペ / 翻訳不可能性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、日本近代詩の翻訳不可能性について多角的に考察を加えることを目的としているが、平成28年度は、研究期間の第1年目として、とくに分析対象となる翻訳テクストの収集と表現分析を中心に研究を行った。翻訳テクストの収集はほぼ終了し、その上で研究課題の翻訳不可能性の問題を典型的に示すオノマトペの翻訳を最重要のテーマとして表現分析を進めた。分析の対象としてまず取り上げたのは中原中也の詩「一つのメルヘン」であり、その反復される「さらさらと」というオノマトペ表現の翻訳について考察を加えてきた。そうした研究により現時点で確認しえているのは、(1)オノマトペを直接的に翻訳することは回避しつつも、原詩の備える別の詩的特質をクローズアップする形の翻訳の可能性、(2)原詩のオノマトペの表現効果を、訳詩の表現および表現構造に織り込むことをとおして、言わば代補的にオノマトペの訳出を試みる迂回的な方法の可能性、(3)原詩との隔たりは自明の前提として、原詩から飛躍、跳躍しつつ、そのありうべき姿の一つを追求する創造的な翻訳の可能性などである。翻訳不可能性から可能性への通路を開くための果敢な試みと言っていいそれらの翻訳実践をどのように評価するかという明瞭な課題が浮上してきており、その点の考察結果に関して来年度中に論文を公表する予定である。 併せて近代詩の翻訳不可能性の問題を前提にしつつ分析を進める中で、近代詩のもつ形式、すなわち改行と連構成というスタイルもまた重要な検討課題であることが見えてきた。というのも、近代詩が改行し、連を改める際に、表現や意味の不連続性や断絶、空白が生じ、それを通して言わば詩的な意味の余剰生産がなされることになるが、一定の意味の連続性や整合性を確保する翻訳は、そうした原詩の表現機構への対処の困難さに直面するからである。この点を含め今年度は今後の課題を発展的に見定めることができた。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究期間の1年目は当初の予定どおりに進めてきたが、オノマトペ表現を中心に日本の近代詩とその複数の翻訳テクストを比較しつつ表現分析を可能な限り精緻に行うことはかなりの時間を要し、また当初は見えていなかった近代詩の形式、フォルムに関わる翻訳不可能性の問題も浮上し、その検討も並行して進めてきた。そのため、以上の考察の結果については、口頭発表の機会は得たものの、論文の形で公表するには至らなかった。その点において、上記「区分」のような自己評価とした。ただし近代詩の翻訳不可能性について検討すべき発展的な課題が明確となり、それを踏まえた考察を進めており、次年度その成果を論文としてまとめる予定である。 またもう一つの課題である東西の翻訳論における翻訳不可能性に関する言説についても、当初の予定通り調査と考察を進めてきた。とくに日本における言説に関しては数多くの文献を掘り起こすことができ、現在は同時期の翻訳実践との相関も視野に入れながら整理と分析を行っているところである。翻訳不可能なテクストあるいは表現に対処する様々な翻訳実践の試みを、翻訳不可能性をめぐる理論的言説との相関において検討していくことが今後の課題となる。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後は、これまでの研究成果を論文として発表するとともに、新たな研究対象として萩原朔太郎や宮沢賢治、草野心平なども取り上げながら、原詩および翻訳テクストの表現分析を進めていく。その際、複数の翻訳を比較対照する比較翻訳的な方法を引き続き用いて分析を行い、翻訳不可能性に直面する中でなされた翻訳に関する表現分析の成果を集積していくことにする。 同時に翻訳不可能性をめぐる国内外の翻訳論の通時的分析もさらに進める予定である。1980年代以降、所謂Translation studiesの隆盛のもとで、翻訳論の比重を翻訳行為や目標テクスト(target text)の側に移す形で翻訳の概念を緩やかに拡張し、創造的な書き換えの行為として翻訳を捉える見解が強調されることにもなった。他方、直訳的ないし逐語訳的な翻訳の重要性を主張し、翻訳における原詩の他者性の捨象に批判的に言及する言説もまた多くみられる。そうした相異なる翻訳論の広がりの中で、実際になされている翻訳実践をどのように位置付け評価するか、また日本近代における翻訳論の系譜をそうした翻訳論の展開といかに関係づけることが可能か、等の問題に焦点を据えながら検討を続けてゆく計画である。 以上のような考察を進めることによって、具体的な翻訳実践の分析と理論的考察を交差させ、相関させることを通して翻訳不可能性の問題について検討を加え、さらには翻訳という行為の可能性と意義を明らかにしていくことにしたい。
|
Research Products
(1 results)