2017 Fiscal Year Research-status Report
時間を手がかりとした近世英国演劇の変容に関する研究
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16K02438
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Research Institution | Iwate University |
Principal Investigator |
境野 直樹 岩手大学, 教育学部, 教授 (90187005)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 近世英国演劇 / 舞台と時間 / 三一致の法則 |
Outline of Annual Research Achievements |
国立国会図書館を利用して、近世英国演劇および計時、暦について、さらには古典ローマ喜劇とりわけプラウトゥス、テレンティウスらの作品にみる「時とプロットと場所の一致」の演劇的効果について、先行研究を調査した。とくに古典ローマ喜劇については、その多くが舞台の設定として二軒の家(とりわけその扉)を左右に配置し、その間に奥行きのある通路を設定していることを確認した。これが近代英国の舞台が左右にドアを持つことの必然性と直結すると考えるならば、舞台中央にカーテンを伴う所謂inner stageを枠取りして作り込むことは相当不自然であり、近代初期英国演劇の舞台構造についての議論に新しい論点をもたらすことができそうである。 この演劇空間についての考察は、本研究課題の目的である演劇の時間、すなわち上演・プロットの時間と物語・ストーリーの時間との関係性に直接的に結びつく。すなわちそれは、'Exit', 'Exeunt'の使い分けによる場の変化について、ある種の制限をもたらす可能性を示すのである。それだけではない。逆に'Enter'のト書きが示されるとき、前場と空間が共通で同一のプロットが進行中であるにもかかわらず、幕場の指示では新たな「場」が記載されるケースが近代英国演劇ではごく普通である。古典ローマ喜劇の研究を通じて、本研究では、'Enter'のト書きにもかかわらず登場した人物がまだ台詞を語らぬうちは、「場」はそのままであり、その人物がはじめて台詞を語るときをもって、新たな「場」とするルールを確認するに至った。自作の編纂に特に慎重であったBen Jonsonのフォリオについてこれが徹底している。なお、場と時と語りの関係性を論じるための応用的習作として、カズオ・イシグロの小説における時間と場所と語りのテクノロジーについての議論を論文としてまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究を進めるうちに、当初想定していた以上に古典ローマ喜劇の舞台構造とプロットの関係性の調査から大きな収穫が得られ、それを近世英国演劇の研究史と比較しつつ検証するためにかなりの時間を割くことになった。研究課題を達成するために新しい角度・要素からの調査・研究の必要性が生じたことで、当初研究計画で構想していた段階、すなわち渡航しての科学史的側面からの時間の概念の科学的言説と日常生活における時間意識との間の乖離・近接についての調査・研究がやや遅れてしまっているが、これは本研究の質を結果的に向上させる知見のための迂回であったと総括できており、今年度間に合わなかった渡航調査を最終年度に実行することで、十分に研究計画立案当初に想定した研究を達成できるのみならず、時間の研究が舞台空間の概念の研究について新しいアプローチにつながりうると考えている。加えて時間・場所・プロットの概念を近世英国演劇のみならず、現代小説の分析にも応用可能であるとの手応えは、本研究のさらなる可能性にむけての展開を予感させるものである。具体的には、本研究の対象とは当初直接的には結びつかないはずのものとしつつも行ったカズオ・イシグロの小説における、時間・空間・語りの戦略に関する研究に、本研究で得られた知見を応用することで、欧米言語文化全般における時間・空間・物語の関係性の議論に、表象の伝統とでもいうべき力学が作用している可能性をさぐることができたことは研究代表者にとって予期せぬ発見であった。本来設定された研究課題とは一見関係が希薄と思える対象テクストにたいしても、本研究で得られたプロットと空間に関わる時間の考察手法は十分に有効であることが確認され、文学の作法について今後研究を発展させるための理論的基板への手がかりを得られたことは大きな収穫であった。
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Strategy for Future Research Activity |
古典ローマ喜劇にみる時間・空間・プロットの厳密なルールが、作品を制約するようにみえて、実は逆説的にその可能性を拡張するための作劇法であることが確認されたので、最終年度は近世英国演劇の作品群がそのルールの援用にどう成功し、あるいは失敗することで、結果的にどう展開してゆくのかを、主として時間をめぐる科学史的言説との影響関係に着目しつつ研究を続けることになる。現時点で予測される大きな転換点は文学史的には、科学的合理主義が前景化する18世紀における風習喜劇群において観測されることになるだろうが、本年度得られた古典ローマ喜劇についての知見はそうした転換点を精査するための有効な補助線として機能することが予想される。加えて最終年度においては、ジャンルとしての演劇の衰退と軌を一にしてその隆盛をみる小説において、一見突破された制約に見える時間・空間・プロットのルールがどのように機能しているのかということにも可能であれば踏み込んで考えてみたい。そうすることで、英国演劇の可能性と限界がよりくっきりと理解されると考えるからである。 前年度間に合わなかったロンドン、エジンバラにおける世俗文献・科学史文献における時間の概念の精査については、今年度得られた知見、すなわち空間表象との関係性というあらたな尺度を活用することで、本研究遂行のためにより具体的に論点を絞り込んだリサーチを行うための準備ができている。効率的な調査を行い成果報告に結びつけたい。 さらに本年度、古典ローマ喜劇への傾倒を手がかりに精査したBen Jonsonの作品群については、とくにこの作家のキャリアにおける、芝居の上演についての制約についての初期の意識が、後年作品集を纏めるにあたっての古典劇の作法への強い意識へと変容するさまを、作品の具体的分析を通じて論文にまとめ、公にすることを考えている。
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Causes of Carryover |
英国に渡航して行うリサーチのための準備としての予備的研究の段階で、考慮すべきあらたな要素・調査対象の存在が確認され、その精査に伴う時間的遅延ゆえに、年度内の海外出張一回分に相当する額が次年度使用額として発生した。30年度にはこれを踏まえて滞りなく研究を続行するので全体としては当初通りの研究費の執行で、当初計画に沿った研究を遂行することとなる。具体的には前年度末に実施できなかった海外調査を新年度において速やかに実施することで、当初研究計画のタイムテーブルを回復できる見込みである。
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Research Products
(1 results)