2017 Fiscal Year Research-status Report
中英語宗教文学における予定説の解釈と受容に関する研究
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16K02460
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
松田 隆美 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (50190476)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 中世英文学 / 予定説 / ヨーロッパ中世写本 / 自由意志 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、13 世紀後半~16 世紀初頭の中英語の宗教文学作品を対象として、「予定説」(praedestinatio)および自由意志に関する記述を、写本間の異同を含めて収集し、それを写本固有の読者層や編纂方針と関連づけて分析するものである。調査対象とする主要なテキストを、作品の機能や制作理由によって、(1) 総括的なキリスト教教義の大全、(2)ディヴォーショナルな教化文学、(3)説教、(4)神秘主義文学、(5)ウィクリフ派文学とそれに対抗する正統派作品の5カテゴリーに分類して、順次調査を進める。 本年度は、ディヴォーショナルな教化文学および説教文学(カテゴリ-(2,3))を対象として、予定説と自由意志に関する記述の収集を中心に研究をすすめた。さらに、中世後期イングランド文学における死後世界および救済観を文学テクストおよび教会美術の図像を素材として総括的に辿る過程において、「予定説」と自由意志の問題をより広くヨーロッパ中世のキリスト教的死生観のコンテクストのなかに位置づけ、一般信徒の教化における予定説の曖昧な役割を明らかにした。このテーマについての成果を著書としてまとめる過程において、一般信徒は、死後の救済の可能性と資格については、信徒の道徳的義務を中心に比較的単純化されて教導されるが、予定説は避けられない課題であったことが、一般信徒を対象とした俗語の説教・教訓文学の分析から明らかとなった。また、本研究から派生した成果として、本年度はチョーサーの『カンタベリー物語』をキリスト教神学的文脈で論じた論文3本を公刊した。予定説の一般信徒における受容を考える上では、中世文学の作品を宗教文化的視点から分析することで、予定説の二次的影響や受容を確認する必要があり、予定説と自由意志をキーワードとして14~15世紀の英語作品を読み直すことの意義を再確認した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
平成29年度の調査対象としていた、ディヴォーショナルな教化文学および説教文学(カテゴリ-(2,3))について、順調に調査を進めることができた。また、オクスフォード大学のAnne Mouron博士を招聘して、中英語のディヴォーショナルな教化文学についての国際ワークショップを他の科研費プロジェクトと共催して開催し、テクストの内容と編集方法の両方に関して知見を深めた。また、28年度末に開催された「中世における翻訳の理論と実践」に関する第11回国際会議(The XI Cardiff Conference on the Theory and Practice of Translation in the Middle Ages、ウィーン、オーストリア科学アカデミー、中世研究所)における研究発表を発展させた英語論文” Predestination and free will in the Middle English religious writings for the laity”をはじめとして複数の英語論文を執筆し、さらに中世ヨーロッパにおける死生観に関する著書をまとめた。こうした研究成果において、予定説の問題を、中世後期におけるキリスト教死生観とその教化の文脈に位置づけることができ、教化文学および美術の分析を通じて、一般信徒における予定説の受容の実際という本研究の最終課題に接近する具体的な道筋をつけることができた。また、著書を含む研究成果を発表することも出来たことから、予定以上に順調な進展と考える。
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Strategy for Future Research Activity |
平成29年度までに得られた結果を基にして、用例の収集、写本の調査、バージョン間の異同の記録をさらに進める。本年度は神秘主義文学、ウィクリフ派文学とそれに対抗する正統派作品を中心に扱う。特に神秘主義文学においては、リチャード・ロウルとウォルター・ヒルトンの英語散文を中心に、修道院文学が平信徒の読書対象として受容されていく過程に特に注目しつつ、予定説と自由意志に関する記述を分析する。分析対象のテクストのうち、完全な校訂版が未刊行のキリスト教教義の大全Disce Mori を、ボドレアン図書館蔵 Laud misc. 99 写本をコピーテクストとして調査し、予定説及び関連する教義に関する箇所に関してトランスクリプションおよび校訂版を作成する。デジタル・マイクロフィルムによって調査と初期トランスクリプション作成をすすめるが、写本冒頭部をはじめとして判読困難な箇所が存在するため、大英図書館(ロンドン)、ボドレアン図書館(オクスフォード)での現物調査をおこなう。また、昨年度の成果をふまえて、予定説の一般信徒による受容のプロセスを中世後期の死生観の文脈で具体的に跡づけるため、ポピュラーな教会美術の図像調査を並行してすすめる。
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Causes of Carryover |
平成29年秋にエール大学バイネッケ図書館(アメリカ)において中英語の未刊行宗教文学写本調査を予定していたが、10月に同図書館を会場として開催された中英語写本に関する国際学会に招待発表者として招聘され、先方から旅費および滞在費を支給された。そのために出張目的が変更となり、海外旅費の支出が不要となったため、残額が生じ、次年度の計画のために支出することとした。 本年度はオクスフォード大学ボドレアン図書館での写本調査、中世イングランドへの影響も大きいフランス、イタリアの教会美術調査のための海外出張旅費として使用する予定である。
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