2018 Fiscal Year Research-status Report
中英語宗教文学における予定説の解釈と受容に関する研究
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16K02460
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
松田 隆美 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (50190476)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | 中世英文学 / 予定説 / ヨーロッパ中世写本 / 自由意志 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は6月と10月にロンドン大英図書館を訪問し、14-15世紀の中英語およびラテン語による未刊行宗教散文の写本(MS Royal 8. F. 7, MS Arundel 507, MS Addit. 22270)を精査し、カテキズムに関する小論を含む必要なテキストの転写をおこなった。特にBaculus viatoris (MS Royal 8. F. 7, fols 45v-51v)はラテン語散文だが中英語の引用を含む、カテキズム提要である。こうした複数言語で書かれたいわゆるmacaronicなテキスト群は既存のIndex of Middle English Proseをはじめとする作品総索引には記録されていない。しかし、英語を部分的に使用してポイントを要約するやり方は、明らかに一般信徒を念頭においている。こうした部分的に中英語を含むラテン語の教化文学をも調査対象に含めたことで、予定説の一般信徒による受容に関して複数のチャンネルが存在し、俗語のみの分析からでは十分に見えてこない複雑さ――多様な読者層にあわせて複数言語を使って教化するという柔軟な対応--が具体的に明らかになった。 また、予定説の一般信徒による受容のプロセスを中世後期の死生観の文脈で具体的に跡づけるため、ポピュラーな教会美術の図像調査を進めた。神によってその運命が予定されている聖人伝の分析は特に重要である。具体例として、マグダラのマリアの崇敬が中世に特にみられたプロヴァンス地方のSaint Maximin la Sainte Baume(フランス、ヴァール県)における聖マグダラのマリア関連の図像調査およびロンドン、ナショナル・ギャラリーにおいて聖人伝関連の図像調査を進めた。 その観察から派生するかたちで、同時代の宗教文学を含む文学ジャンルとの関わりで『カンタベリー物語』を分析する論考を、単著のかたちでまとめた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
予定通りに、大英図書館で調査を行い、用例の収集、写本の調査を進め、また教会美術の図像調査も実施した。順調に進捗しているが、当初の想定とはことなる方向性が見えてきている。当初の目的は、中英語文学における予定説に関する言説を収集、分析し、それを資料として予定説の平信徒への教授と伝播における多様性を具体的に跡づけることにあった。資料調査を年次計画に沿って進めた結果、予定説の教義の神学的難解さ故に、それを一般信徒に向けて俗語で説明することに対するためらいが、中英語宗教文学においては顕著に認められることが明らかになった。中英語宗教文学総体における予定説に関する記述は予想していたよりも少なく、むしろ、チョーサーをはじめとする物語文学において、教化とは異なるかたちで、主題化されていることが明らかになった。また、調査の過程で、中英語が限定的に使用されている未刊行ラテン語作品の存在が明らかになり、それらを調査対象に含むことで、予定説の一般信徒による受容をより正確に記述できることが明らかになった。それゆえに、最終成果の発表形態は、当初予定していた中英語宗教文学における予定説の議論を分類してまとめるのではなく、むしろ中英語文学全体における予定説の主題化の諸相というかたちで論じることが相応しいと思われる。特に予定説に関する研究が限定的にしか存在しないチョーサーにおいては、中世の自由意志論にも言及しつつ独創的な考察の可能性が見えてきた。それらについては、まず研究論文、学会発表のかたちで個別に成果を公開し、その上でモノグラフ化の可能性を検討することとする。以上のように、研究の結果、当初とはことなるが、これまでに論じられていない新たな視座が見つかった故に、研究は独創性を増して順調に進展していると言える。
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Strategy for Future Research Activity |
中英語宗教文学における予定論の言説については全体像が見えてきたので、さらに用例の収集を進めつつも、中英語物語文学における予定説の主題化に研究の比重を移し、チョーサー、さらに聖書のパラフレーズなどの宗教ナラティブも対象として、語りの視点に構築における予定説の影響に特に注目しつつ、予定説の主題化を分析する。
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Causes of Carryover |
図書価格が当初予定よりも安かったために若干の残額が生じた。次年度の図書費に追加するかたちで支出する予定である。
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Research Products
(2 results)