2016 Fiscal Year Research-status Report
トマス・マロリー『アーサーの死』の出版史から探る18、19世紀英国の中世主義
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16K02461
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
不破 有理 慶應義塾大学, 経済学部(日吉), 教授 (60156982)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
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Keywords | トマス・マロリー / 『アーサー王の死』 / ウィリアム・キャクストン / アーサー王 / 19世紀初頭の出版史 / 書誌学 / 読者論 / 書物史 |
Outline of Annual Research Achievements |
サー・トマス・マロリーの『アーサー王の死』はどのように19世紀に復活したのか。『アーサー王の死』の出版史上空白の18世紀初頭から中葉までにおける「アーサー王」と作者マロリー、そして『アーサー王の死』の印刷業者William Caxtonへの評価の変化を伝記、英国人物事典、印刷活字史から分析して論文をまとめた。国際アーサー王学会の機関誌に投稿し、好意的査読評価を得て現在改稿中である。 また当初の予定を繰り上げ、1816年に出版された『アーサー王の死』の2つのテキストWalker版とWilks版を集中的に分析し、論文と著書をまとめた。19世紀の本格的なアーサー王物語復興のきっかけとなる重要なテクストだが、両者は外見が類似したポケット判で同じ判型で印刷されたと考えられていた。しかしながら、実験書誌学的なアプローチによって、初めてWalker版の判型がWilk版とは異なり、ハーフシートの24折判であることを解明した。これによって大英図書館などの書誌情報を修正することができる。論考は本学紀要 (2016)にまとめた。 さらにこの結果にもとづき、1816年の両版と1817年版の『アーサー王の死』の復刻出版および解説編を執筆刊行できた。この解説編では、どのようにマロリーのテクストが発見され、ロンドンの出版業者と書物愛好家が出版に向けて動き出したのか、そして1816年にほぼ同時に刊行された両版について、書誌学的手法を駆使し、当時の植字速度、印刷用紙、印刷機、印刷技術などを分析することにより、判型の違いによる印刷速度の差異を算出した。その結果、印刷を先行させていたWilksをWalkerが追い越し刊行できることを世界で初めて証明し、両者間の出版競争の謎を解明することができた。英文解説編はアーサー王関係の研究者から高い評価を得て、海外ではRoutledgeが販売を開始している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
当初の設定した考察対象の最初の時代区分である1754年までの事象について、論文を1本まとめ、国際アーサー王学会の機関誌に招聘により投稿をした。本年2017年3月に好意的な査読結果を得ることができたので、5月までに改訂する予定である。また前項で述べたように、19世紀の本格的なアーサー王物語復興のきっかけとなるテクストの一つWalker版について、印刷技術の面から分析した論考をまとめた。この実験書誌学的なアプローチによって、はじめてWalker版の判型が特定され、この実験結果に基づき、1816年刊行の2つの『アーサー王の死』の印刷出版競争の謎を解明することができた。さらに19世紀の本格的なアーサー王物語復興の起爆剤となる1816年版Walker版(2巻本)とWilks版(3巻本)、および桂冠詩人Robert Southeyによる詳細な中世騎士道ロマンスに関する論や注釈が付された1817年版の『アーサー王の死』(2巻本)の全7巻を復刻出版(Edition Synapse発行・Eureka Press発売、2017年2月)の解説編として刊行できたことは、本研究の重要な展開点といえる。
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Strategy for Future Research Activity |
1754年までのトマス・マロリーの評価の変遷および作品『アーサー王の死』への言及についての考察、および1816年版テクスト出版の謎の解明には予定を先取りして取り組むことができたので、当初の計画の初年度の不足点は、アーサー王やマロリーといったキーワード検索によってより綿密に18世紀前半のアーサー王伝説・物語の言及内容と頻度を全般的に収集し、解題を付した目録を作成したい。その際、Daniel P. Nastali and Phillip C. BoardmanのThe Arthurian Annals(2004)の書誌を活用しつつ、1700年から1754年までの作品のリストを作成補完する。アーサー王伝説は騎士道ロマンス群や年代記、地方史、戯曲や観光冊子などさまざまな文字媒体の資料のみならず、挿絵や絵画作品などにも登場するので、分類目録を作成し、マロリー作品とアーサー王への言及とその脈絡を分析する。また国際アーサー王学会が今夏ドイツで開催されるので、上記のアーサー王書誌の著者の一人Phillip C. Boardmanも含め、知己の欧米アーサー王研究者との情報交換を予定している。また渡航の機会を活用してヨーロッパにおける18-19世紀の絵画作品が多く所蔵されているウィーンの美術館を訪問し、中世主義の作品を検索鑑賞し、当時の中世主義復興の背景を考察する一助としたいと考えている。
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Causes of Carryover |
当初、国外調査を計画していたが、初年度にこれまで収集した文献や国内調査によって得た資料をもとにまず論文と著書をまとめ仕上げることに力を傾注したため、国外調査を行わなかった。そのため、計上していた旅費の総額が低くなり、余剰が生じた。調査費用の代わり、論文の英文校正の費用に充当することができ、かつまた文献資料の購入と機器類の購入によって、研究環境の充実を図り、来年度以降の研究に備えた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
今年度は、まず7月に3年に1回開催される国際アーサー王学会がドイツ(Wurzburg)にて開かれるので参加し、欧米のアーサー王学者との情報交換すること、また渡航の機会を生かしウィーンにおける中世主義関連の絵画・写本等の美術館調査を計画している。そのために必要な海外渡航費・滞在費などは国外調査費用から充当する。引き続き、文献資料は必要に応じて補強しつつ、機器関係では、昨年購入したスキャナーに対応するPCを購入予定である。
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Research Products
(2 results)