2021 Fiscal Year Research-status Report
トマス・マロリー『アーサーの死』の出版史から探る18、19世紀英国の中世主義
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16K02461
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
不破 有理 慶應義塾大学, 経済学部(日吉), 教授 (60156982)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | アーサー王文学 / トマス・マロリー『アーサー王の死』 / 19世紀英国出版史 / 中世主義 / Globe edition / Sir Edward Strachey / 頭韻詩『アーサーの死』 / 初期英語文献協会 |
Outline of Annual Research Achievements |
サー・トマス・マロリーの『アーサー王の死』擱筆550年を記念したシンポジアムを国際アーサー王学会日本支部において企画、その際の論文を発展させた英文論文が、国際学術誌POETICAに査読を経て、2021年末に刊行された。筆者が長年研究対象としているグローブ版は19世紀に人気を博したテクストだが、その編集者サー・エドワード・ストレイチーと初期英語文献協会(EETS)の創設者F.J.ファーニヴァルとの間に交わされた未刊行資料をもとに、なぜEETSシリーズにマロリーの『アーサー王の死』は20世紀まで刊行されなかったのかという謎を解明した。グローブ版がアーサー王の伝播において果たした役割を論じたコラムも執筆した。 また2021年度はアーサー王物語の復興を牽引したアルフレッド・テニスンによるアーサー王物語詩「ランスロットとイレイン」および頭韻詩「アーサーの死」の部分訳と注釈、および頭韻詩に登場する剣クラレントについての論考をまとめた。テニスンの「ランスロットとイレイン」は夏目漱石が日本における最初のアーサー王物語「薤露行」を執筆する際の材源とした作品でもあり、また頭韻詩『アーサーの死』はマロリーの『アーサー王の死』の典拠の典拠のひとつであり、20世紀のマロリー学論争上重要な参照テクストとして機能することになる。いずれの翻訳と注釈も、日本におけるアーサー王への関心の広がりとサブカルチャー界への影響を問う書を刊行しているみずき書林によって、新たな企画として刊行予定の書物におさめられる予定である。同書のために、アーサー王物語における登場人物「モードレド」と「ラモラック」についての解説も執筆した。みずき書林から『アーサー王、多言語・古典作品を遍歴すること』と題して2022年に刊行予定である。また剣クラレントについてはさらに由来を探り、別途英文で論考をまとめた。刊行は7月の予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究実績報告で記したとおり、コロナ禍で英国の調査実施はできなかったが、マロリーのアーサー王物語を基軸にしつつ展開した中世主義の作品や中世への関心から復刊された中世英語作品についての論考を複数まとめることができたのは成果といえる。その一方で、前年に終了予定であった19世紀のトマス・マロリー『アーサー王の死』の印刷業者ロバート・ウィルクスの後半生について、研究が遅れてしまったため、今年度内に見通しをつけたい。
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Strategy for Future Research Activity |
前項で記したとおり、2021年度内に発表予定であったロバート・ウィルクスについての研究には遅れが生じたので19世紀のトマス・マロリー『アーサー王の死』の印刷業者として重要なこの人物について、その半生を探り、1816年版のひとつであるウィルクス版の印刷と出版をめぐる当時の状況を考察する。そのためにはこれまで収集した資料の整理と精査を行うことで、不明であった自伝的情報も補完しうると考えられる。ロンドンの印刷関連図書館のデジタル資料はかなり収集し、未刊行書簡も一部判読済である。加えて国立公文書館所蔵史料はデジタルで検索可能かつ入手できる範囲内で特定し、史料依頼をする。1816年のウィルクス版日本語でまとめたのち、英国の出版史関連の雑誌への投稿をするために英語論文用に再編集する準備を進める予定である。テクストの出版を通してマロリーの受容研究は、本研究の発展課題としてさらにこれまでの成果、1816年のウィルクス版と1868年のグローブ版の研究成果に加え、他の19世紀のマロリーテクストの印刷・編集者にも調査を広げる研究課題に接続し、19世紀における英文学研究におけるマロリーの評価とアーサー王伝承の復興についてまとめ出版したいと考えている。 『アーサー王の死』のテクストの出版が、どのように引き金となり19世紀にアーサー王物語の復興をみることになったのかという側面の研究も今後進めていきたい。コロナ禍の影響でイタリア開催予定であった国際アーサー王学会中止となり発表できなかった漱石におけるアーサー王受容については、アルフレッド・テニスンの「シャロットの女」(Alfred Tennyson, “Lady of Shalott”)を中心に日本における受容の経路や英文学の展開と絡めながら、英国の中世主義が近代日本においてどのように受容されたのかという視点も加え、アーサー王伝承の変容研究も進める。
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Causes of Carryover |
当初予定、海外における資料収集と海外における国際学会への参加を予定していたが、いずれもコロナ禍の状況で、学会は中止となり、渡航も困難となった。そのため、経費に計上していた旅費等に余剰が生じた。また19世紀のマロリーのテクスト・コレクションを所蔵することで知られるBarry Gaines教授の蔵書はすでに購入したが、昨今、個人による送金手続きが厳しくなり、新たな口座開設などに手間取り、支払いが遅れたため、助成金への立て替えの申請が遅れてしまったことも繰り越し残高に影響した。 コロナによる移動制限も緩和されつつあるので、国内における調査旅行は実施できる見込みであり、また海外のアーカイブ資料の取り寄せなどの資料費に充当できる。
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Research Products
(4 results)