2019 Fiscal Year Research-status Report
罪悪感の文学--マーク・トウェイン小説作品の自伝的基盤を探る
Project/Area Number |
16K02490
|
Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
里内 克己 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (10215874)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2021-03-31
|
Keywords | Mark Twain / 自伝 / 罪悪感 / フィクション化 |
Outline of Annual Research Achievements |
2019年度は、これまでの調査・研究の成果を、論文や口頭報告などの形で発表できた一年となった。まず、2019年9月14日に開かれた、日本ウィリアム・フォークナー協会全国大会のシンポジウム「アメリカ文学とミシシッピ川」に登壇し、「川で起きた悲劇――Mark Twainは蒸気船事故をどう描いたか」と題する報告を行なった。これはトウェインが初めて挑んだ長編小説である合作『金ぴか時代』の第4章に焦点を絞り、そこで描かれた蒸気船事故の惨事の様相を、弟ヘンリーの事故死に際してのトウェインの罪悪意識と結び付けて論じるものであった。その後、この報告を基に同題の論文作成に取り組み、査読を経た後、『言語文化研究』誌に掲載された(2020年3月発行。同題論文の短縮版は、フォークナー協会の会誌に2020年6月掲載予定)。また、2019年12月8日に開かれた日本英文学会関西支部大会における招待発表では、「「この男、ブラウン」――Mark Twain, _Letters from Hawaii_における〈もう一人の自分〉の役割」と題して個人研究発表を行なった。これはトウェインが作家としてのキャリアの最初期にハワイで執筆した通信書簡を読み解き、そこに表れる〈分身〉テーマを、『トム・ソーヤーの冒険』や『それはどっちだったか』など盛期・後期の小説作品に表れる同様の趣向の原点として位置づけようとする試みだった。なお、初年度から継続して行なってきた『〈連載版〉マーク・トウェイン自伝』訳出の試みについては、本年度は出版社との協力のもと、訳文の見直しと注釈・索引の作成を主として行なった。年度内での刊行はできなかったが、年度末の時点で、初校・再校のチェックという段階に達している。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
トウェインが最晩年に雑誌『ノース・アメリカン・レヴュー』に発表した_Chapters from My Autobiography_を全訳し、『〈連載版〉マーク・トウェイン自伝』というタイトルで出版するという企画は、ほぼ予定通りに進行した。2019年度は秋ごろまで、訳文を丹念に見直して修正を施し、それ以降は出版社の協力を得て、注釈のための原稿や索引作成といった作業に力を注いだ。残念ながら、年が明けてからのゲラ校チェックに思いのほかに時間を取られ、年度内の刊行は諦めなければならなかったが、年度が変わった2020年の5月、『〈連載版〉マーク・トウェイン自伝』は無事に彩流社から刊行された。研究論文や発表についても、2019年度は見るべき成果があった。チャールズ・ダッドリー・ウォーナーと共作したトウェイン最初の長編小説『金ぴか時代』(1873年)は、これまで等閑視されてきた第4章に焦点を当て、弟ヘンリーの事故死に対してトウェインが抱いていた罪悪感が作品全体に影を落としていることを明らかにし、その後のトウェインの小説作品に頻出する〈良心の痛み〉というテーマの原点がこの作品に見出せると論じた。また、更に遡った1860年代に書かれたハワイからの通信書簡を論じた研究発表においては、上述の〈罪悪感〉〈良心〉いったテーマを表現する際にトウェインが用いる〈分身〉という物語的趣向の原点が、これらの通信書簡には見出せると論じた。以上のように訳書の出版が若干遅れ、発表の成果を活字にすることが部分的にできなかったという反省点はあるが、自伝的な著作を参照しつつトウェイン文学の最初期にまで遡り、後年の小説作品に頻出する罪悪感の主題の原点を探ろうとするこの研究課題の最重要部分に取り組むことのできた一年だったと言える。
|
Strategy for Future Research Activity |
本課題は当初、4年をかけて遂行するプロジェクトであったが、最終年度と目していた2019年度に、想定しなかった勤務校での学務を複数抱えこみ、やむなく1年延長の申請をした。最終年度となる2020年度の研究成果としては、既に彩流社から5月に刊行した翻訳書があるが、研究の企画も複数用意している。その一つは、晩年のトウェインが自伝を執筆するのとほぼ時期を同じくして上梓されたブッカー・T・ワシントンの自伝_Up from Slavery_(1901年)に関する研究を、7月上旬に予定されている日本英文学会全国大会(Web大会)で発表することである。ワシントンはトウェインとも親交のあった黒人指導者であるが、自伝の読解から浮き彫りにされる彼の人種問題への両義的な姿勢は、〈人種〉をめぐるトウェインの矛盾を抱えた態度に通じるものがある。マイノリティ文学という異なる視座を導入して、トウェインの小説と自伝との関係を新たな角度から照射することも目指す。7月の報告後にproceedingsを作成し、年度内に査読付きの学会誌に投稿・掲載を予定している。この他にも、2019年度に口頭発表したトウェイン『ハワイ通信』に関する論考を活字化することも進めていくが、さしあたっては、6月締め切りのproceedings作成に取り組みたい。そして、本年11月に開催予定のマーク・トウェイン協会全国大会シンポジウムでは、トウェインの作家活動の初期から晩年にわたって書き継がれた未発表の連作『探偵サイモン・ホイーラー』(戯曲版と小説版)を取り上げ、特に後年の『まぬけのウィルソン』『それはどっちだったか』などの小説作品との関わりに着目して分析し、報告する予定である。本年度が終わる頃には、多くの未発表作品を視野に入れ、自伝的な観点から読み直した新たなマーク・トウェイン小説論の単著をまとめる準備段階に入っていければと考えている。
|
Causes of Carryover |
2019年度は既に述べたように、やむなく抱え込んだ校務のために、秋以降に遅滞が生じることとなった。年明けから年度末にかけて集中的に取り組んだ訳書刊行の作業では、ゲラ校チェックに思いのほかに時間がかかったことに加えて、3月からコロナウイルスの蔓延に伴う学内対応に追われることにもなり、成果発表を次年度にまわさざるを得なくなった。出版関係の費用は最終年度に執行するべく予算計上していたが、2019年度は使用できなかったので次年度に持ち越すことにした。この予算は書籍購入の費用に充て、アメリカ文学関係の研究者に配布して意見や助言を頂戴する予定である。また、旅費の使用に関しては、5月に出席を予定していた沖縄での日本英文学会大会は、コロナウイルスの影響でWebによる開催となり出張の必要性はなくなったが、秋には日本アメリカ文学会全国大会で金沢への出張を予定している。資料収集や情報収集のために国内の研究機関に赴く必要が生じる可能性もある。ただし現在の情勢を鑑みると、海外での学会参加や資料調査はもちろんのこと、国内での研究・調査活動にも制約がかかることが予想されるので、最終年度における研究費使用で旅費が占める割合は大きくはないと思われる。今年度は複数の研究成果をまとめていく重要な時期でもあり、トウェイン研究、そしてアメリカ研究の必須図書を多く購入していく必要性は、これまでの年度と変わることがない。
|
Research Products
(3 results)