2020 Fiscal Year Research-status Report
罪悪感の文学--マーク・トウェイン小説作品の自伝的基盤を探る
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16K02490
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
里内 克己 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (10215874)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2022-03-31
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Keywords | マーク・トウェイン / 自伝 / ブッカー・T・ワシントン / 未発表作 / 『それはどっちだったか』 / 罪悪感 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度の研究実績でまず特筆すべきことは、初年度から取り組んできたマーク・トウェイン自伝の翻訳を無事に出版することができたことである。本来ならば昨年度末(3月)に出版する予定であったが、新型コロナウイルスの広がりによって生じた混乱のため果たせなかった。だが出版を引き受けていただいた彩流社の担当編集者ともあらためて相談し、腰を据えて取り組んだ結果、予定から2か月遅れで『〈連載版〉マーク・トウェイン自伝』を刊行した。本書はその後、「図書新聞」や「週刊読書人」などの書評誌にも取り上げられるなど、巻末の解説を含めて高い評価を得ている。 また、トウェイン自伝と並び、19-20世紀転換期を代表する自伝として名高いBooker T. Washingtonの_Up from Slavery_に関する論考「〈妥協の人〉の自画像ーーブッカー・T・ワシントン『奴隷より身を起こして』における抵抗と順応」を、5月の日本英文学会ウェブカンファレンスにおいて発表した。これはその後に活字化して、『言語文化研究』誌に掲載した(査読付き)。トウェインと交流があったアフリカ系指導者の自伝に目を向けることによって、本プロジェクトは同時代の文化的コンテクストを視野に入れた厚みのあるものとなった。 研究発表に関しては他にも、11月に開催された日本マーク・トウェイン協会全国大会(オンライン開催)のシンポジウムで講師を務めた。ここではトウェイン中期の未発表作〈サイモン・ホイーラー連作〉におけるジャンル改変を子細に検討し、そこに表れた登場人物の罪悪感を手掛かりにして、この連作と最晩年の問題作『それはどっちだったか』との関連性を突き止めることができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述したように、本プロジェクトで最も時間と労力を要する『〈連載版〉マーク・トウェイン自伝』の訳出と出版を完成させることによって、本研究課題を大きく進展させることができた。この自伝に書かれているトウェインの伝記的〈事実〉は、意図的なフィクションも含むものの、彼が書いた文学作品の背景を知るうえで必須のものである。解説と共に詳しい注釈を作成する過程で、この自伝で取り上げられている数多くの人物について思いがけない発見をすることができたのも収穫だった。 トウェインと同時代人であるブッカー・T・ワシントンの自伝に目を向けたことも、研究の幅を広げることができたという意味で良い試みだったと考えている。何気ない記述のなかに、白人の読み手に対する書き手の警戒心や不安が潜んでいる。丹念にテクストを分析することによって、そのような要素をあぶりだすことができた。本研究課題においては、トウェインが黒人をどのように捉えているか、という問題はひとつの重要なポイントであるが、逆に当時の黒人にとって白人はどのような存在であったか、という問いを立てて考えていくことの必要性を痛感した。アフリカ系アメリカ人の書き手による他の自伝や体験記に対する更なる関心も持つようになった。 これまで本研究課題に従事することを通じて、晩年の未発表長編『それはどっちだったか』に至るトウェインの助走期間は思いのほかに長く、生前に刊行された作品と未発表原稿との間に隔てを設けず幅広く検討していくと、この長編と盛期の作品群との強い繋がりが見えてくることが分かってきた。口頭発表はしたものの、まだ活字化できていない研究成果や、まだこれから精査しなければならない作品・資料を残しているため、それらについてはもう一年かけて取り組んでいく所存である。
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Strategy for Future Research Activity |
2021年度は本研究課題の最後の年となるが、ほぼ確実に実行できることが二つある。まず、真田満先生を中心として企画中の論集『アメリカ文学に見る親密圏のエコノミー』(仮題・彩流社より刊行予定)に寄稿する論文「我が風狂の兄ーートウェインが描いたオーリオン・クレメンズ」を完成させ、活字として公表することである。これはトウェインの弟ヘンリーに焦点を合わせた既発表の論考「川で起きた悲劇」と対を成すものであり、作家とその家族との関係性が晩年の作品にどのような影響を与えているかを探るものである。またこの論考は、トウェイン中期の〈ヘルファイア・ホッチキス連作〉と晩年の『それはどっちだったか』との関連性を探る試みであり、これが首尾よく完成すれば、1870年代以降のトウェインの文筆活動と晩年の問題作との関連性を探る試みはほぼ尽されたことになる。 更に時代をさかのぼって、同様の角度から最初期のトウェインに光を当てる試みも行なう。2019年12月に、奈良女子大学での日本英文学会関西支部大会において、「「この男、ブラウン」――Mark Twain, Letters from Hawaiiにおける〈もう一人の自分〉の役割」と題する招待発表を行なった。これは『それはどっちだったか』で頂点に達するトウェインの分身テーマの原点を、初期の文筆活動に見出す試みである。2020年度の8月にproceedingsにしたものの、きちんとした形で活字化できていないので、これまで行ってきた他の研究成果も取り込みながら再度分析し、査読付きの学術雑誌に発表できるように取り組みたい。 更に余力があれば、中期の代表作『トム・ソーヤーの冒険』を主として〈分身〉と〈罪悪感〉といったテーマから読み解く研究を行ない、口頭発表・活字化を試みたい。それが完遂できれば、本研究課題での当初目標は十分に達成できたことになるだろう。
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Causes of Carryover |
これまでほぼ当初の予算計画から大きくはずれることなく執行できているが、2020年度に関しては、新型コロナウイルスの広がりの影響を受け、国内外で学会出張や資料収集のために旅費を使う機会がまったくなかったため、残額が生じた。研究期間を1年延長していただくことになったため、残額については研究継続のための書籍・資料を購入するなど物品費に充てる予定である。
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