2021 Fiscal Year Research-status Report
罪悪感の文学--マーク・トウェイン小説作品の自伝的基盤を探る
Project/Area Number |
16K02490
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
里内 克己 大阪大学, 言語文化研究科(言語文化専攻), 教授 (10215874)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2023-03-31
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Keywords | マーク・トウェイン / 自伝 / 未発表作 / 罪悪感 / 人種 / 『それはどっちだったか』 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度の研究実績での特筆すべき成果として、論考「書き直しのマーク・トウェイン」を公刊できたことが挙げられる。この論文は、2020年度に日本マーク・トウェイン協会のシンポジウムで報告した際の原稿を基にしたものである。トウェインは職業作家になって間もない1870年に、ある未完のスケッチをものし、後にその草稿のプロットを戯曲へ、そして小説へと改作していった。本論考では、それまで簡略に触れられる程度の扱いを受けてきたこの連作を、『まぬけのウィルソン』や『それはどっちだったか』といった後期から再晩年にかけての作品群との繋がりから見直し、晩年の作品群に顕著に認められるモチーフが、それに先立つ未発表原稿において長期的かつ持続的に反復されてきたことを明らかにした。 今年度に活字となった論考は、以上の1篇に過ぎないが、実は他にも2篇の論文原稿を完成している。一つは2019年度に日本英文学会関西支部大会で口頭発表をした際の原稿を基にした論考で、これは2022年1月に学術誌への投稿を行ない、査読を経て採用・掲載が決定している。この論考はトウェイン初期のハワイ通信書簡に登場する虚構の分身的人物の役割に、〈人種〉という観点から再考を加えたものであり、最晩年の『それはどっちだったか』での人種絡みの分身関係の原型をこの最初期の著作に見出す試みでもある。もう一つは、刊行予定の共編著の一章を成す原稿である。これはトウェインとその兄との複雑な関係が、未発表の作品群のなかにどのような影を落としているのかを考察したものである。家族関係を軸にして読み直してみると、『それはどっちだったか』という特異なテクストも、相当に長期にわたる準備を経て書かれたことが了解される。 このように刊行予定の論文を含めると、本年度は、最晩年の問題作が書かれるに至る長い道筋を、複数の方向から浮き上がらせることができた一年であったと言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上述したように、本年度は公刊した本数こそ少ないものの、次年度に刊行が確実な論文を2本も書くことができた。加えていずれの論考も、私が継続して注目している晩年の長編作品『それはどっちだったか』がいかなる経緯で書かれることになったのかを、多角的に探究する点で一貫している。また、今回分析対象として取り上げた素材は、小説だけではなく戯曲や紀行文など多彩なジャンルに属するものとなり、作家トウェインがものした作品の総体を視野に収められたことも、ひとつの進展だと言えるだろう。今年度の取り組みによって遠くない将来、新しい視点からのトウェイン論の著作を完成できる見通しが格段に開けてきた。 懸案となっている中期の代表作『トム・ソーヤーの冒険』の分析については、本研究において重要でありながら、今年度も本格的に取り組むことができなかった。学内では教務委員長などを務め、学会では支部長を務めるといった、多大な時間をとられる職務を複数担わなければならない事情があって、アイデアはあっても口頭発表へと踏み出すことがかなわなかった。その事情は次年度も変わらない。とはいえ今年度は、朝日カルチャーセンター中之島教室で、6回にわたって『トム・ソーヤーの冒険』と『ハックルベリー・フィンの冒険』を読み直す講座をもつ機会を得ることができた。講座自体は研究成果のなかに数えることはできないものの、あらためてトウェインの代表作2作を読み直すことを通して、本研究課題をどのように深め充実させていくかの有益なヒントを得たことを付記しておきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
本来ならば本年度をもって本研究課題を終わらせる予定だったが、コロナ禍および上述したような事情を抱えたために、当初本年度のうちに成果発表を予定していた論考が次年度にならないと刊行できなくなった。更に1年延長を申請することとなったのはそのような事情がある。このうち、『中四国アメリカ文学研究』に発表を予定している論文「「この男、ブラウン」――Mark Twain, Letters from Hawaiiにおける〈もう一人の自分〉の役割」は、現在ゲラ校正の段階に入っている。一方、論文集『アメリカ文学とエコノミー』(仮題)の一章を成す論考「我が風狂の兄――トウェインが描いたオーリオン・クレメンズ」については、まだ手直しの時間的余地があると思われるので、まだ手をつけることができなかった参考資料を検討し、改善を図りたい。また、本研究課題を完成させるための最後のピースになるはずの『トム・ソーヤーの冒険』についても論考執筆に着手したい。課題遂行のために与えられた資金は限りがあるが、有効に活用することによって最後の年度の研究活動を充実させる所存である。
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Causes of Carryover |
これまで当初の計画からあまり大きくはずれることなく予算執行できているが、2020年度に引き続き2021年度も、新型コロナウイルスの広がりの影響を受け、国内外で学会出張や資料収集のために旅費を使う機会がまったくなかったため、残額が生じた。2022年度は対面での学会が開催される見通しがあるので、そのための旅費や資料購入のための物品費に予算を充てる予定である。
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