2016 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
16K02491
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
田中 久男 広島大学, 文学研究科, 名誉教授 (30039135)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | アメリカ文学 / アメリカ作家 / 共同体 / アメリカニズム / ネイティヴィズム / 南部 / 中西部 / 西部 |
Outline of Annual Research Achievements |
「アメリカ作家と共同体との確執」という本研究課題に最適の作家として、研究初年度では、アメリカ初のノーベル賞作家シンクレア・ルイスを取り上げた。ミネソタ州の田舎町を舞台にした『本町通り』(1920)は、モデルとされた町の人々だけでなくアメリカの大衆からも、怒りと反発を受けたが、その主な理由は、作者が辛辣に描いた共同体の自己満足的な沈滞と、表面的な上品さと経済的な繁栄が、全国の「本町通り」と同じ状況を反映していたからで、そうした状況の精神的基盤が、第一次世界大戦前後に顕著になったネイティヴィズムと一体化した100パーセント・アメリカニズム(アメリカ的な生活様式や価値観を礼賛するイデオロギー)の標榜であったことを考究した。 ウィラ・キャザーも、女性であるがゆえの時代や共同体の制約や拘束を強く感じ、異性装等によって反逆の姿勢を示したが、代表作『私のアントニーア』(1919)の中で、19世紀末の西部開拓の辺境地ネブラスカにあっても、東欧からの移民たちに対するアメリカニズムの隠微な押し付けが作用していたことを、作者は故郷に対する違和感として描き出し、文化の多様性や混交性という建国の理念に同調する姿勢を強く打ち出した。 トマス・ウルフも、ノース・カロライナ州の山間の町を舞台に、自伝的な『天使よ、故郷を見よ』(1929)によって、家族や町の人たちの保守的で物質主義的な生き方を批判し、故郷脱出を余儀なくされたが、『南部の精神』(1941)で南部社会の偏狭性を糾弾した同郷のウィルバー・J・キャッシュも同じ運命をたどった。ヘミングウェイも短編「兵士の故郷」(1924)で、第一次世界大戦の帰還兵と社会の伝統的な価値観に固執する母親との確執を描き、フォークナーも『八月の光』(1932)等の傑作群を通して、ミシシッピ州の人種差別や宗教的狂信を暴いて、郷里とは絶えず緊張関係にあった様相を考察した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上の「研究実績の概要」で挙げたルイス、キャザー、ウルフ、キャッシュ、ヘミングウェイ、フォークナーの他にも、中西部オハイオ州出身のシャーウッド・アンダソンが、連作形式の『ワインズバーグ・オハイオ』(1919)において、社会の近代化の中で自我に目覚めたスモールタウンの人々の、フラストレーションでいびつになった生を、「グロテスク」というアンダソン独特の概念で捉えて、モデルとされた町の人々との間の緊張関係に追い込まれたことも、「作家と共同体との確執」という本研究課題の顕著な事例として究明した。 このほかにも、逃亡奴隷と少年の冒険を描き、ボストンでは禁書扱いになったトウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』や、お上品な伝統に呪縛されていたアメリカ社会のセクシュアリティや男女関係の禁忌に風穴を開けて、20世紀の新しい都会的な感性を切り拓いたドライサーの『シスター・キャリー』(1900)、あるいは、アメリカでは主流のプロテスタンティズムを相対化する異教的ヴィジョンを提示したスタインベックの『知られざる神に』(1941)や、アメリカの西部開拓を国家による先住民文化の略奪とみる修正主義的な歴史観を織り込み、1930年代のアメリカ社会の貧困を赤裸々に描いたがゆえに、大衆には好意的に評価されなかった『怒りのぶどう』(1939)も取り上げて、単に作品が扱った一地方だけでなく、全国的な規模で作家が痛烈な批判を受けた歴史的意義を再確認し、アメリカ人のメンタリティの根幹にあるピューリタニズムの体質を明らかにすることができた。 これらの作品は、「アメリカ作家と共同体との確執」という問題系を越えて、作家とアメリカ社会という広い観点から眺めることを要求する画期的な作品であり、ここにアメリカ文学の特質と活力の源泉があることを究明できたという意味で、本研究はおおむね順調に進展していると評価できると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
研究初年度は、白人男性作家が中心だったので、2年目では、ケイト・ショパン(『目覚め』[1899])、ゾラ・ニール・ハーストン(『彼らの目は神を見つめていた』[1937])、カーソン・マッカラーズ(『心は孤独な狩人』[1940])、アリス・ウォーカー(『カラー・パープル』[1982])等の女性作家たちに焦点を合わせて考察したい。彼女たちの作品はいずれも、アメリカ社会の家父長的価値観や異性愛至上主義を揺さぶる問題作として再考を強く促すものである。 先に、アメリカ人のメンタリティの基底にあるアメリカニズムやピューリタニズムに言及したが、これらの特質をより明確化するためには、ワスプ(WASP)が主流のアメリカ社会では、周縁化されているアジア系や先住民作家に焦点を当てる必要がある。例えば、中国系の作家マキシーン・ホン・キングストン(『チャイナタウンの女武者』[1976])、日系のパイオニア作家トシオ・モリ(『カリフォルニア州ヨコハマ町』[1949])やジョン・オカダ(『ノー、ノー、ボーイ』[1957])、ネイティヴ・アメリカン文学のルネサンスを切り拓いたレズリー・マーモン・シルコウ(『儀式』[1977])等を考えている。これらマイノリティ作家は、共同体の血縁や地縁関係を重視する傾向が強いが、そうした傾向は、個人ではなくグループとして生きるという民族の伝統的な知恵から出てくるだけでなく、人間や社会は自然の一部であるという、キリスト教的な捉え方とは違った汎神論的な宇宙観からも生まれているように見える。こうした彼らの特質をより明確化するために、最新の「ホワイトネス研究」の導入や「黄禍論」の再検討も考慮しているところである。 9月に2週間ほど、ルイジアナ州アレグザンドリアにあるバイユー・フォーク博物館等を訪れて、女性作家に関する貴重な文献資料を収集し、それらを研究に生かす予定である。
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