2017 Fiscal Year Research-status Report
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16K02491
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Research Institution | Hiroshima University |
Principal Investigator |
田中 久男 広島大学, 文学研究科, 名誉教授 (30039135)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | アメリカ文学 / ピューリタニズム / ニューイングランド / 共同体 / ホーソーン / ウォートン / フロスト / オニール |
Outline of Annual Research Achievements |
「アメリカ作家と共同体との確執」という本研究課題の2年目の本年度では、アメリカ文学の中で最も伝統的な地域であるニューイングランドの代表的な作家であるナサニエル・ホーソーン、イーディス・ウォートン、ロバート・フロスト、およびユージン・オニールを取り上げた。この地域は、マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で解明したように、アメリカ人の生活感覚や価値観を隠然と支配するピューリタニズムの牙城である。ホーソーンは『緋文字』において、17世紀の植民地時代に自由思想に傾き行動したへスターと、敬神の牧師デムズデールとの物語を、共同体の強い宗教的拘束力と掟に屈する悲劇として提示した。ウォートンは『歓楽の家』などで、オールド・ニューヨークの上流階級の外面と内実の落差に批判的な目を向けた作家として知られているが、ニューイングランドを舞台にした中編『イーサン・フロム』や『夏』では、主人公たちの人間的な自然の欲望が、自己を厳しく律するあまり、歪められたり、法や宗教の力によって、共同体の生活体系の中に回収されていく様相を描くことにより、ピューリタニズムの強力な負の作用を暗示している。 フロストは、少年期にサンフランシスコから、勤勉と節約を重んじるマサチューセッツ州に移住した際の認識の衝撃を克服し、禁欲的な農民生活と詩作を通じてピューリタン的なアイデンティティを獲得していった。しかし、その地域にはびこるヤンキー気質に絡まる物質的な欲望からは、常に距離を置いて、野にある哲人の姿勢を貫いた。オニールは『夜への長い旅路』等で、アングロ・プロテスタンティズムが圧倒的な風土の中で、カトリック・アイリッシュの血を引く人間の葛藤や苦しみを描く一方、『楡の木陰の欲望』や『喪服の似合うエレクトラ』などで、ピューリタン的な偏狭な性意識に、人間的な生き方や感情が歪められてしまう不幸を劇化した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
上の「研究実績の概要」で挙げたホーソーン、ウォートン、フロスト、オニールの他にも、研究1年目で取り残していたオハイオ州出身のトニ・モリスン、西部の農民文学の開拓者ハムリン・ガーランド、そしてネイティヴ・アメリカ文学のルネサンスの中心的作家の一人となったニューメキシコ州出身のレスリー・マーモン・シルコウにも、かなりの時間を割いて、「作家と共同体との確執」というテーマに関わる重要な作家として考察した。 モリスンは黒人という自己のアイデンティティを深く自覚して、『白さと想像力』というエッセイの中で、アメリカ文学にはびこる偏見に満ちた黒人表象を糾弾したが、『青い目が欲しい』などにおいても、黒人に対する白人の暴力的な行為だけでなく、カラーラインに敏感なアメリカ社会全体が構造的に抱えている差別的な体質を、冷静に批判の分析対象としている。ガーランドは現在では忘れかけられた作家であるが、短編集『本街道』などで、西部開拓に従事する農民が資本家に生贄にされる19世紀後半の弱肉強食的な社会の構造を批判し、自然主義文学の隆盛に貢献した。 ネイティヴ・アメリカン・ルネサンスの中心的存在であるシルコウは、ラグーナ・プエブロ族、メキシカン、白人の三種の血を引く、自己の人種的混交性を強く意識した作家で、『儀式』などで、先住民独自の宇宙観や精神的治癒の儀式などを導入することによって、キリスト教を基盤にしたアメリカの白人文明の歴史を修正し相対化するような、人間と土地と自然との調和のとれた関係を提唱している。 モリスンやシルコウの作品は、「アメリカ作家と共同体との確執」という問題系を越えて、作家とアメリカの社会全体という広い観点から眺めることを要求する質とレベルの作品であり、そこに、白人作家の文学を越えたアメリカ文学の活力の源泉を究明できたという意味で、本研究はおおむね順調に進展していると評価できると思われる。
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Strategy for Future Research Activity |
研究2年目は、アメリカ文学の最も伝統的なニューイングランドの作家を中心に研究を推進したので、本研究課題追究の最後となる3年目は、アメリカ文化の中心地であるニューヨークを舞台にしたオニールの『氷屋来たる』、スティーヴン・クレインの『街の女マギー』、バーナード・マラマッドの『アシスタント』等、さらにアメリカ南東部を主な活躍の拠点としている、ゾラ・ニール・ハーストンの『彼らの目は神を見つめていた』、カーソン・マッカラーズの『心は孤独な狩人』、アリス・ウォーカーの『カラー・パープル』等を中心に考察する予定である。これらの作品は、人種やジェンダーの面で、アメリカ社会の伝統的な価値観やイデオロギーを揺さぶる問題作として再考を強く促すものである。 「作家と共同体との確執」という本研究課題を包括的に追究するためには、ワスプ(WASP)が主流のアメリカ社会では、周縁化されているアジア系の作家にも焦点を当てる必要がある。たとえば、中国系のマキシーン・ホン・キングストン(『チャイナタウンの女武者)、日系のパイオニア作家トシオ・モリ(『カリフォルニア州ヨコハマ町』)やジョン・オカダ(『ノー、ノー、ボーイ』)等である。これらマイノリティ作家は、共同体の血縁や地縁関係を重視する傾向が強いが、そうした傾向は、個人ではなく集団として生きるという民族の伝統的な知恵から出てくるだけでなく、人間や社会は自然の一部であるという、キリスト教的な捉え方とは違った汎神論的な宇宙観からも生まれているように見える。こうした彼らの東洋的ヴィジョンをより明確化するために、最新の「ホワイトネス研究」の導入や、かつて流行した「黄禍論」の再検討も考慮しなければならないと思っている。 9月に10日間ほどニューヨーク市に滞在し、コロンビア大学や市立大学の図書館を訪れて、本研究課題に関する資料を収集し、それらを研究に活用する予定である。
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Research Products
(1 results)