2016 Fiscal Year Research-status Report
アメリカ南部文学の戦後性について――戦後日本文学との比較考察
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16K02510
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Research Institution | Rikkyo University |
Principal Investigator |
後藤 和彦 立教大学, 文学部, 教授 (10205594)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
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Keywords | アメリカ南部文学 / 戦後日本文学 / 戦後文学論争 / 戦後性 |
Outline of Annual Research Achievements |
第1年目となる平成28年度には、1.アメリカ南部文芸復興期の文学を南北戦争後の「戦後文学」として見る視座の再点検をおこないつつ、2.日本のいわゆる「戦後文学」に関する研究実績を再整理し、加えてその「戦後性」、すなわち「戦後の歴史的・文学的意味」(松原新一『戦後日本文学史・年表』[1979])に関する作業フォーミュラを提起するという、今次研究上の理論的な枠組みにあたる2段階について並行的に進行させることを目標とした。1については、これまで研究代表者がつみあげてきた研究の再点検という側面をもつのだが、2005年の拙著『敗北と文学――アメリカ南部と日本近代』において南部文芸復興期の文学を理論的にリードしていったアレン・テイト(Allen Tate)に関して詩人ならびに批評家としての側面のみに焦点を当てていた。今年度は彼が唯一残した小説――南北戦争開戦前後の動乱に巻き込まれた古い一族の愛憎の悲劇を描いた――『父祖たち』(The Fathers)をとりあげ、戦争によって無残に断ち切られるものと、戦争あるいは敗北という事態にもかかわらず残存し続けるものとのあいだの相互浸潤的関係の存在に着目した。そのような戦争ならびに敗戦の惹起する切断と連続は、文学、なかんずく小説というジャンルにあっては、家族の悲劇を格好の題材とするであろうという『敗北と文学』において理論仮説としておいたところを改めて確認することができた。2については、大江健三郎、中上健二、村上春樹を中心とする戦後文学の系譜のうちにアメリカ文学の影響がどのように現れ、その現れがどのように年代ととも変容していったかについて論じた英語論文を執筆したが、製作にことのほか時間を取られ、後述するような事情もあいまって、日本のいわゆる戦後文学論争に関する研究には、これを加藤典洋あるいは白井聡の著作に概観するにとどまったのは残念であった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究概要の項目にも触れたように、現時点ではオクスフォード大学出版より刊行をまつばかりとなったオンライン文学事典に掲載される英語論文に関する編集担当者や校正担当者とのやりとりに、この春休みにいたるまで予想外の時間を費やしたことがあり、かつまた年度の中頃、研究代表者が所属先大学の移籍が決定するという思いもせぬ事態をかかえることとなり、予定していたアメリカ南部諸州の研究拠点における滞在研究を断念せざるを得ず、結果として日本のいわゆる「戦後文学論争」の実態をつぶさに検証し、作業フォーミュラを提起するという作業は完遂することができなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度は特に大学休業期間を有効に活用し、アメリカ南部研究機関への滞在研究を行いつつ、すでに資料として蒐集済みの書籍を中心にリサーチを進め、くわえて日本近代文学(特に戦後文学)を専門とする大学同僚を含めて研究上のアドバイスを積極的に国内外にあおぎつつ、効率的に作業を進めてゆく所存である。また次年度以降の目的として申請書にあげた「戦後性」というキーワードが文芸復興期を中核とする南北戦争以降の南部文学の歴史的記述を行う場合にいかに有効であるかという問題についても、これまで積み上げてきた研究代表者の研究を再検討を行いながら、さらに「戦後性」という作業仮説的な視座自体をより深くより説得力あふれるものとするための検討を行い、これを次年度に合計3度予定されている各学会での講演ならびにシンポジウムを通じて公に問うてゆきたい。加えて、韓国世宗大学教授朴裕河教授の2016年の著作『引揚げ文学論序説』に触れ、「日本の戦後文学観に決定的に欠落しているのは、旧日本帝国時代の植民地体験を幼い心身に刻みつけ、長じて文学者となったいわゆる「引揚げ者」のうち特に植民地二世のディアスポラ文学の存在である」という鮮烈なテーゼに大いに刺激を受け、研究代表者が日本の戦後文学に見いだしている一種の胡乱さの秘密に迫るひとつの決定的な方途がここにあるのではないかという感懐さえ抱いた。すでに朴教授とは親しくメールのやりとりを行い、京都立命館大学でやはり16年度中に開催されたシンポジウムにも参加して知己を得たため、朴教授の言う「引揚げ文学」についても今後の研究推進の新たな視座のひとつとして措定したいと考えている。
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Causes of Carryover |
英語論文執筆をめぐって、出版元が海外であったため、複数の査読者の査読に要した時間、3、4度にわたる校正に要した時間、校正にあたっての英語表記上の問題点を共有するのに要した時間等々、予想を大きく上回る時間を要したことに加え、研究代表者本人の所属大学の移籍が年度途中に決定し、じゅうぶんな期間を割いて今次申請研究に打ち込む時間がとれず、夏季に予定していたアメリカ滞在研究の機会を逸してしまったためというのが主たる理由である。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
次年度使用額については、当初の予定通り、アメリカ南部諸州の研究機関への訪問ならびに滞在研究を行い、この滞在期間をより長めに設定するほか、初年度に得た新しい知見について国内外の同分野の専門家たちに意見を求めつつ、さらに新たな資料を発掘収集を行うことに使用することを計画している。また日本戦後文学における「引揚げ文学」の観点の欠落を説いた韓国世宗大学の朴裕河教授との知己を得たため、朴教授との研究上の連携を行うべく、韓国ソウルへの出張や日本国内での研究会への参加なども今後積極的に検討したい。
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