2017 Fiscal Year Research-status Report
アメリカ南部文学の戦後性について――戦後日本文学との比較考察
Project/Area Number |
16K02510
|
Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
後藤 和彦 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (10205594)
|
Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2020-03-31
|
Keywords | 戦後文学 / アメリカ南部文学 / 日本近代文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度平成29年度は、前年度に引き続き、アメリカ南部文学を「戦後文学」と規程する場合の「戦後性」について、我が国のいわゆる「戦後文学論争」における「戦後性」にまつわる議論を検証し、定式化を行ない、その結果を南部文学作品読解に援用することの可能性を探求する作業を行った。 具体的には臼井吉見の2巻本『戦後文学論争』ならびに佐藤静夫の『戦後文学論争史論』を参照し、また前年度にあらたな戦後文学の視座を提供し、既存の戦後文学論に再定義を迫るものとして着目した朴裕河の『引揚げ文学序説』をさらに検討することで、我が国の戦後文学論争のいくつかの方向性を見出し、また日本における戦後文学における「戦後性」の射程(ないしその限界)に関する認識を新たにすることとなった。 アメリカ南部文学においては、予定にしたがって、19世紀よりMark Twainの中後期問題作A Connecticut Yankee in King Arthur's Courtを、20世紀初頭よりAllen Tateの唯一の小説The Fathersおよび代表詩"A Ode to the Confederate Dead"を取り上げ、南部文学における南北戦争観、いわゆる戦前の「旧南部」から戦後の「新南部」への移行をいかに見るか、この見方の時代的変遷を中心に検討を行った。 またこうした本研究の中核にあたる理論構築にかかわる作業に加え、ここまで進捗してきた研究の成果を踏まえ、アメリカ南部を代表する作家William FaulknerのLight in Augustと、日本の戦後文学を代表する小説家小島信夫の『墓碑銘』を比較検討する論文を作成発表した。両作品に共通している主要登場人物の混血に着目し、その描かれ方の差異を抽出して、これをアメリカ南部文学と日本の戦後文学における戦後観の差異へと関係づけようと試みた論文である。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究課題が試みようとするところは、おおまかに分けて2点あるが、ひとつは日本の戦後文壇において大いに論争の的となった「戦後文学」の戦後性の一般的特徴について定式化を試みること、今ひとつはその定式をアメリカ南部文学史上、主要な3つの時期(1.南北戦争後から19世紀末まで、2.20世紀初頭のいわゆる「南部文芸復興期」、3.ヴェトナム戦争期)におけるそれぞれ代表的な作品群それぞれに適用し、比較検討を行うことで、南部文学の戦後性を析出すること、あるいは具体的にはこれまで申請者が過去の科研申請研究を通じて戦後文学としての南部文学に関するテーゼを検証ならびに補完することにある。 当該年度については前記の日本戦後文学における戦後性の定式化の充実と、アメリカ南部文学における3つの主要な期間のうち、主として「2.20世紀初頭」の文学的成果への適用を計画していた。実際には昨年度の研究を補うために19世紀末の作家・作品を取り上げたし、さらにいわゆる「冷戦期」に活躍したFlannery O'Connorの文学も取り上げ検討を行ったのだが、取り組みの中心として取り上げたのは、Allen TateないしWilliam Faulknerというまさに課題としていた時期を代表する作家であり、すでに過去の科研研究において到達していたテーゼに準じ、この時代の南部文学が隆盛を極めていた根拠をあらためて確認することが出来た。 また本研究課題に直結する論文の執筆、同じく複数回におよぶ講演、国内における申請課題にかかわる研究会への参加、くわえて国際学会における研究助言者ならびに共同研究者との会合など、ほぼ予定していたとおりに遂行したものと考えているが、同時に本研究の理論面、すなわち「戦後性」の定式化については次年度以降にさらに検討が必要であることも再認識させられた。
|
Strategy for Future Research Activity |
前記「現在までの進捗状況」でも述べたように、本研究課題における理論的な側面、すなわち日本の戦後文学論争における「戦後性」とはいったい何か、どこまでを「戦後」と呼べばよいのか、そしてそれはなぜか、これらの問いに対する概括的な回答、「戦後性」の定式確立のための作業は依然として検討の余地は多く残されており、当該年度に参照した文献からさらに新たに参照すべき文献も数多くみつかっているので、これを入手する手続きをすでに行いつつある。次年度以降はこうした文献をできるだけ広く渉猟し、簡潔なテーゼとして提示できるまで検討を行ないたい。 アメリカ南部文学については、ヴェトナム戦争以降、現代にいたるまでのアメリカ南部文学を対象にとりあげる時期となったと考えている。この比較的新しい南部文学に関する研究は、かつて雑誌論文を英文と和文で1本ずつ執筆したことはあるが、申請者としては研究をやや積み残してきた感のある領域でもあるため、またこの時期が南部文学の南部性が希薄になってきた時代というのがおおむね一般的な理解となっていることもあり、次年度以降、慎重に時間をかけて検討を行うことが必要となるだろうと理解している。 加えて、今年度にひきつづき、日本国内ならびにアメリカ合衆国の要所に出張し、申請課題にかかわる資料収集につとめ、同課題について見識をもつ国内外の研究者との計画的かつ積極的な交流を求めてゆきたい。
|
Causes of Carryover |
アメリカ合衆国への出張を夏季と冬季に予定したところ、事情により夏季を断念することになったのだが、その分を冬季の出張によって一部分はカヴァーできていたとはいえ、その点がまずは予定していた予算額を消化しきれなかった原因の一端であろう。また日本の戦後文学に関する文献について、現時点で調査中ということもあり、さらに必要な書籍がいずれも古書で比較的安価に入手できたという点もあるだろう。 来年度は夏季に合衆国における南部文学研究の複数の拠点を訪問し、資料収集や共同研究者・研究助言者との会合なども計画的かつ積極的におこなう所存である。同時に必要な文献についてはさらに調査を徹底し、入手の必要な書籍等については購入を急ぎたいと考えている。
|