2016 Fiscal Year Research-status Report
ウォートンの創作と建築の連携―空間の創出から文学的想像力へ
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16K02516
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
石塚 則子 同志社大学, 文学部, 教授 (80257790)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ジェンダースペース / 屋内建築 / 19世紀後半住宅建築 / イーディス・ウォートン / ドメスティシティ / 女性の領域言説 / リパブリカン・ホーム |
Outline of Annual Research Achievements |
2015年9月1日から2016年8月31日まで1年間の在外研究期間を利用し、インディアナ大学ブルーミントン校に客員研究員として滞在し、大学内の図書館やリリー稀覯本図書館で資料を収集したり、本研究に関してインディアナ大学Jennifer Fleissner教授やイリノイ大学Dale Bauer教授と意見交換を行った。当初の目的は、イーディス・ウォートンの空間造形の営みと作家としての自己形成の過程を、ヴィクトリア朝様式から新古典主義への建築様式の変遷、都市美運動や建築の専門化など、モダニティ研究の一つとして女性空間創出のエンパワーメントの文脈で再定置することであった。しかし、住宅建築の発展や女性の社会的自立の過程の考察が本研究に必要であると判断し、主にウォートンが活躍する以前の時代のドメスティシティ言説と住宅建築の関係性を考察した。 また今後の研究計画のために、6月にはワシントンD.C.のダンバートン・オークスで、ウォートンの姪のビアトリックス・ジョーンズ・ファランドに関する資料を収集し、8月にはニューポート市でウォートンの住居跡やヴァンダービルトの「ブレーカーズ」をはじめとする邸宅群やニューポート歴史協会で調査・資料収集を行った。 2016年度の研究成果として、ヘンリー・ジェイムズ研究会企画の論集『ヘンリー・ジェイムズ、いま―歿後百年記念論集―』に「ジェイムズのホームカミング―expatriateから“dispatriate”へ―」を発表した。本論考は、ジェイムズ作品における屋内空間や建築のメタファーを考察しながら、ジェイムズの晩年のアメリカに対する視座を論じたものである。さらに、在外研究中の成果の一部として、論文「アンテべラム期の『リパブリカン・ホーム』―住宅建築の発展とドメスティシティの構築―」を同志社大学アメリカ研究所の紀要に投稿し、査読の結果採択された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本研究の当初の目的は、20世紀転換期に活躍した女性作家イーディス・ウォートンを中心に、建築と女性空間(ジェンダースペース)、私的/公的空間の創出、文学テクストにおける空間表象を検証することであった。つまり、一つのモダニティ研究として、家庭という空間に閉じ込められていた女性が、ジャンル・ジェンダー・国境を越境しながら、建築を通して公的空間を創造し、社会進出を遂げていくプロセスを考察することであった。こうした女性の領域言説やドメスティシティ言説からの脱却を目指したウォートンの歩みを検証するには、アンテべラム期のアメリカにおけるドメスティシティ言説の構築や、1990年代後半から盛んにおこなわれてきた領域分離主義の再評価の文脈を理解する必要があり、そのために1830年代からの国家建設のイデオロギーと密接に関わる住宅建築や、住居観の発展とドメスティシティ言説強化の連動について考察した。具体的には、住宅建築理論のパイオニアであるアンドリュー・ジャクソン・ダウンニングの思想や住居観を考察し、さらにドメスティシティ言説を反映した文学テクストとして、女性作家としてパイオニア的存在であるキャサリン・マリア・セジウィックの作品を検証した。ダウニングやセジウィックが活字メディアを通じて表象した「リパブリカン・ホーム」は、近代化とともに発展していくアメリカ社会の中の諸力のダイナミズムによる産物であり、さらに南北戦争前から強化される女性の領域言説、つまりドメスティック・イデオロギーを補強し、ジェンダー空間構築の底流となっていくことを明らかにした。当初の目的から研究領域を拡大修正したが、19世紀末のウォートンの住宅建築理論とジェンダースペースの関係を考察するうえで、重要かつ有益であった。
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Strategy for Future Research Activity |
南北戦争前後にアメリカ社会に浸透する女性の領域言説について、現在、キャサリン・ビーチャーの『ドメスティック・エコノミー論』と家庭における女性の空間について考察を進めている。すでに、インディアナ大学での在外研究中に主な資料の収集を完了している。ビーチャーの著作は1841年に出版されているため、ウォートンが活躍した時代とは半世紀ほど隔たっているが、南北戦争以降も版を重ね、19世紀中葉の屋内空間や女性の家事労働の改革を知るうえで重要な著作であり、ウォートンの最初の著作『家の装飾』におけるウォートンの屋内建築や(上流階級向けの)住宅建築に関する論考との比較、あるいはドメスティシティ言説との関係性から、本研究の推進に必要であると判断し、論文にまとめているところである。 ビーチャー論は、ウォートンの幼少時の住宅建築様式や室内装飾の発展の歴史的文脈を明確にする目的も内包している。2017年度はビーチャー論から、ウォートンの『家の装飾』論に研究を進め、19世紀後半の新興成金の邸宅建築や当時のアメリカ建築界の発展を背景に、顕示的消費を具現化した住宅建築の住空間とウォートンの推奨する住空間の違いなどを検証していく予定である。前年度にロードアイランド州ニューポートやウォートンの邸宅「マウント」を訪問し、資料をほぼ収集し、また「マウント」の司書である研究協力者Nynke Dorhout氏やニューポート歴史協会のBertram Lippincott III氏から必要に応じて情報や助言を得る予定である。
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Causes of Carryover |
在外研究中(2016年度前半)、在外研究員の規程上、アメリカ国内でのフィールドワークの際の宿泊費を本研究費から支出することができず、予算の執行額が下回った。また研究計画を拡大修正したため、当初予定していたイェール大学バイネッキ稀覯本草稿図書館での資料収集を実行できなかった。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
初年度の実地調査の資料管理ために、MacBookを購入し、画像の保存に活用したが、2018年度に現在使用中のパソコンのOS(Windows 7)のサポートが終了するため、パソコン機器の買い替えの必要がある。昨年度から繰り越した助成金は、その費用に充当し、また資料や調査や学会への旅費に執行する計画である。
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