2017 Fiscal Year Research-status Report
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16K02528
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
塚本 昌則 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (90242081)
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Co-Investigator(Kenkyū-buntansha) |
中地 義和 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (50188942)
野崎 歓 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (60218310)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | フランス近代文学 / 散文 / 非人間 / 声のテクノロジー / 夢と覚醒 |
Outline of Annual Research Achievements |
近代フランス文学では、とりわけ詩の分野で、詩人不在という現象が明確になってゆく。抒情の言葉がもはや実在人物の心情から発生するのではなく、非人格化の過程で模索されるようになるのだ。ランボーの「私とは一個の他者だ」、マラルメの「発話する人間としての詩人の消滅」」など、詩人自身がこの非人格化の過程に意識的であったことを示す言葉は多い。だが、これらの詩人が同時に散文詩というジャンルを創設、発展させた詩人たちであること、非人格化の過程は抒情詩においてだけでなく、ヴァレリー、プルースト、ブルトン、カミュ、サルトル、ブランショ、クロード・シモン、ロブ=グリエなどの作家たちの散文にも広く見られることはまだ十分に意識されていない。フランス近代の散文において、この非人格化の過程がとりわけ散文作品においてどのように現れるのかを明らかにすることがこの研究の目的である。 昨年は、〈声〉が個人を超える広がりを持っていることに着目、書かれた声、録音された声、音声詩、民謡・古歌、誰のものとも言えない内なる声等々、文学における声の諸相に着目、鈴木雅雄氏(早稲田大学)と共同で研究を行い、その成果を『声と文学──拡張する身体の誘惑』と題する論文集として刊行した。さらに、夢と覚醒という、個人のなかで人格の意識がゆらぐ状態に着目、「放心の幾何学」と題する一連の論考に取り組み、とりわけヴァレリー、プルースト、ブルトン、サルトル、バルトにおける非人間の詩学について研究、目覚め際の自分が誰なのかわからない、すぐに消える儚い瞬間に、これらの作家が汲み尽くせない言葉の源泉を見出していたことを明らかにした。分担研究者の中地義和氏が、ノーベル賞作家ル・クレジオ氏を始め、重要な講演会を数多く開催し、この点でも大いに刺激を受けた。 今後はこうした研究で得た知見を綜合し、近代文学を批判的に再検討するより強固な足場を見出していきたい。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
近代文学、とりわけ十九世紀末以降の文学では、個人を単位とする近代市民主義小説の限界がさかんに叫ばれるようになる(ミシェル・レーモン『小説の危機』等)。近代文学においては、小説、抒情詩、戯曲という文学ジャンルが主流となり、個人に焦点を当て、社会、他者との関係、さらに人生における理想との関係において、どれほど苦悩を重ね、障害を乗りこえてゆくのかを記述することが、中心的な営みとなった。ところがその個人が空虚なものとみなされるようになり、そこに言葉の源泉となる苦悩と歓喜の中心が見出せないという認識が急速に広がってゆく。第一次世界大戦は、その意味で十九世紀文化の核心にあった方法論を破壊したと言えるかもしれない。われわれの課題は、小説という社会認識、人間観察の手法の行き詰まりに一見みえるこの状況から、どれほど多様な、新たな散文の手法が編みだされたか、それらの試みの根底にあるものが世界に対するどのような認識なのかを探ることである。 ここまでは〈声〉という捉えがたいものの研究、さらに眠りと覚醒の境界という主題論的研究から、この問題に取り組んできた。論文集を刊行、また後者についてはこれまで発表してきた論考をひとつのまとまった形にしようと努力している過程である。その意味で研究計画はほぼ順調に進展している。だが、自分たちの課題をより深く捉えなおすために、ここで検討した視点だけでは不十分なことは明かであり、今後さらに努力を重ね、問題をより多角的・重層的に捉える視座を築く必要を感じている。研究をさらに発展させるため、他の研究者との連絡をより緊密に取り、新たな研究領域の開拓にも務めたい。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、これまで行ってきた講演会やシンポジウムについて、まず活字化を進め、同時にそれらの研究を綜合するどのような視点があり得るのかについて討議を重ねる。昨年はヴァレリーにおける詩と芸術をめぐって、三浦信孝氏(日仏会館)と共同でシンポジウムを開催、ここで発表された多様な研究を一冊の書物にまとめ、そこから今後どのような論考を展開することが可能かを考えることが最初の目標である。 これまで、緊密に連絡を取りながら何度も講演会・セミナーを開催してきたウィリアム・マルクス氏(パリ第十大学)の重要な研究『文学との訣別』の翻訳原稿を現在入稿中、今年中の刊行を目指す。またCNRS名誉研究員ジャックリーヌ・シェニウー=ジャンドロン氏が昨年開催したシュルレアリスム・コロックでの発表原稿の刊行も待機状態である。 今年は、メルロ=ポンティがコレージュ・ド・フランスで行ったヴァレリー講義の草稿を刊行したCNRS研究員ベネデッタ・ザッカレッロ氏を招き、哲学者による文学講義の意義について研究を進める予定である。文学において起こったことは、同時代の哲学の展開と無関係ではない。哲学史研究から見れば傍系の流れかもしれないが、文学との接点において何が起こっていたのかを調査することは、今後の研究に何らかの進展をもたらしてくれるかもしれない。これまでの研究の綜合に努めつつ、新たな研究領域の開拓も目指していきたい。
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Research Products
(18 results)