2016 Fiscal Year Research-status Report
19世紀フランス文学における身体、感覚、病理の表象
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16K02545
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
小倉 孝誠 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (60204161)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | 身体 / 精神病理 / エミール・ゾラ / 『ルーゴン=マッカール叢書』 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は第一段階として、19世紀後半を代表する作家エミール・ゾラの作品における身体と病理の表象について、文献調査と考察を進めた。まずゾラの最新の全集版、彼の主著『ルーゴン=マッカール叢書』の準備ノートの校訂版、いくつかの作品の新しい批評校訂版を購入し、草稿研究の知見を踏まえつつそれらの文献を精読することで、とくに叢書第1巻『ルーゴン家の繁栄』を詳細に分析することができた。その成果は、「ゾラ『ルーゴン=マッカール叢書』の起源」(慶應義塾大学『日吉紀要』第64号)に発表した。 文献調査のため、夏期休暇と春期休暇を利用して渡仏し、パリの国立図書館で19世紀後半の医学事典や医学書を参照し、ゾラ文学に見られる身体表象や精神病理との共鳴関係を探った。さらにジェルマンやエフィールが書いた、ヒステリー症の男女が登場する作品を精読して、19世紀末におけるヒステリー表象の構築について考察を深めた。これらの作家は今日まったく読まれないが、申請者の今後の研究において、特に19世紀末のデカダン文学における精神病理の問題を考察する際に重要な要素となるものである。 これらの研究、および以前からのゾラ研究の蓄積を踏まえて、申請者は2017年夏にゾラに関する単行本を刊行する予定である。そこでは『ルーゴン=マッカール叢書』全体における民衆と身体の関わり、叢書の成立と歴史へのまなざしを分析する諸章において、本研究の成果を十分取り入れることになる。 また申請者は、2015年6月にパリで開催された「自然主義文学の遺産」をめぐる国際シンポジウムで口頭発表しており、その原稿が2016年10月に出版された Naturalisme--Vous avez dit naturalismes ? に収められている。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新しいゾラの全集版、『ルーゴン=マッカール叢書』の準備ノートの校訂版、いくつかの重要作品の批評校訂版などが入手できたこと、大学の長期休暇を活用して2度渡仏する機会を得て、パリの国立図書館や高等師範学校で文献講読と資料調査に従事できたことで、本研究課題はほぼ予定どおりに進捗したと言える。 また2017年3月には、パリ第3大学で開催された「ゾラ・セミナー」に出席し、発表聴取と意見交換をつうじて、ゾラ研究に関する最新の知見を深めることができたのは有益であった。特に現在、ゾラと自然主義文学研究を牽引する立場にあるアラン・パジェス氏(パリ第3大学名誉教授)、オリヴィエ・ランブローゾ氏(パリ第3大学教授)らと意見交換できたのは、貴重な機会であった。 とりわけ準備ノートの校訂版を精査することによって、『ルーゴン=マッカール叢書』の構想と成立の過程において、ゾラが同時代の精神病理学の知に強い関心をいだき、それをみずからの作品に取り込もうとしていたことが明らかになったのは、大きな収穫だった。もちろん、ゾラ文学における身体と病理の位相のすべてを解明できたわけではない。今後他の作家を詳しく読解し、ゾラ文学とつき合わせることで、ゾラ文学における身体と病理の複雑な次元がよりいっそう明確になるだろう。 なお申請者は、アラン・コルバンほか監修になる『男らしさの歴史』(全3巻)の第2巻を監訳する機会を得た。これは19世紀フランスにおいて、男性の身体と精神が、「男らしさ」という価値をめざしてどのように訓練され、形成されていったかを辿った大著である。この翻訳作業は、申請者が自然主義文学における身体のテーマを考察する際しておおいに役立ったことを付記しておきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
昨年の研究成果を踏まえ、平成29年度はゴンクール兄弟、ユイスマンス、アルフォンス・ドーデ、モーパッサンなど自然主義を代表する諸作家、さらにはポール・ボヌタン、リュシアン・デカーヴなどいわゆる「小自然主義派」と呼ばれるその周縁に位置する作家たちを研究対象の中心に据える。ゴンクール兄弟の作品は数年前から、二つの出版社より異なる監修者の下で、主要作品の批評校訂版が刊行され始めた。ユイスマンスの場合は、生前未刊だったインタビュー集や、書簡集が新たに刊行されている。そのような文献資料をまず収集し、読書作業を行なう。 2017年6月には、申請者も執筆者の一人として名を連ねる『世界自然主義事典』全2巻Dictionnaire des naturalismes がフランスのChampion社から刊行される予定である。また申請者が世話人を務める自然主義文学研究会は、2017年6月初旬と同10月下旬、日本フランス語フランス文学会の全国大会を機に研究集会を催す。6月にはイギリス・ダーラム大学准教授カトリーヌ・ドゥステシエ=コーズ氏が自然主義文学と風刺画について発表してくれることになっている。 昨年および本年度の研究成果は、今夏に単行本として白水社より刊行されるゾラ論、そして2018年3月に刊行予定の慶應義塾大学『日吉紀要』への論文寄稿というかたちで公表する予定である。 また春期休暇を利用して渡仏し、文献調査にあたる。とりわけ「小自然主義派」作家たちの作品は現在では入手できないものが多く、パリ国立図書館での読書作業が不可欠となる。折よく2018年3月には、19世紀フランスにおける視線というテーマで、4日間にわたる大規模な国際シンポジウムがパリで開催されることになっている。申請者はそれに参加して、本研究課題の進展に役立つ示唆を得られるものと期待している。
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Causes of Carryover |
2017年3月に、パリ国立図書館での文献調査、およびパリ第3大学でのゾラ・セミナー参加のため渡仏した。海外出張の申請時期との関係で、2017年3月の出張経費は平成29年度分の使用額に組み入れることにしたため、次年度使用額が生じた。
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Expenditure Plan for Carryover Budget |
上記「理由」欄に記したように、2017年3月のパリ出張により旅費と宿泊料を使用した。平成29年度は、ゴンクール兄弟、ユイスマンス、ドーデなど、ゾラ以外の自然主義作家たちの作品の批評校訂版と、彼らに関する研究文献および資料を収集、あるいは購入する。ゴンクール兄弟の『日記』と『書簡集』は、新たな校訂版の続巻の刊行が予告されている。 2018年3月下旬には、「19世紀フランスにおけるまなざし」という興味深く、かつ学際的な国際シンポジムがパリで開催されることになっているので、申請者はそれに参加して知見を深め、海外の研究者との情報交換の機会にしたいと考えている。その出張のための旅費と宿泊料に、交付金を充当する予定である。
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Research Products
(3 results)