2017 Fiscal Year Research-status Report
コトバの形而上学-ヘルマン・ブロッホ『ウェルギリウスの死』の文化史的研究-
Project/Area Number |
16K02562
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Research Institution | Niigata University |
Principal Investigator |
桑原 聡 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 教授 (10168346)
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Project Period (FY) |
2016-04-01 – 2019-03-31
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Keywords | ヘルマン・ブロッホ / 『ウェリギリウスの死』 / 天球の音楽 / オルペウス神話 / コトバの形而上学 / 歌 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度はヘルマン・ブロッホ『ウェリギリウスの死』における「天球の音楽」のモチーフの研究をおこなった。 「天球の音楽」のモチーフは、ピュタゴラス以来、書かれたものとしては遅くともプラトンの『国家』第10巻エルの物語(ミュトス)以来、宇宙の調和の象徴としてヨーロッパ文化において繰り返し取り上げられてきた。ダンテ、ケプラー、ゲーテ、ノヴァーリスと挙げるときりがない。『ウェルギリウスの死』においてこのモチーフが「純粋なるコトバ」に纏綿して用いられていることは、現象界(モノresの世界)における断片化=不調和の背後・根底には調和が存在することをブロッホは確信していたように思われる。モノ化した現象界では、ホーフマンスタールを引用するまでもなく、言語ですら、細部はさらなる細部に崩壊し、「渦」の中に形をとどめない。また、ブロッホは自らの作品に自注を加え、それが「叙情的コメンタールという方法」を使用し、「交響曲」の原理から構成されていると述べている。ブロッホはこの作品自体に音楽的要素を組み込んだと考えられる。 研究を進めて行くうちに、「天球の音楽」の他に「オルペウス神話」のモチーフが重要であることが彰となった。プロティノスの新プラトン主義では、神は「一者」と呼ばれるのに対し、ブロッホの作品においては神は「コトバ」das Wortと名づけられる。すなわち、ブロッホは、世界は「コトバ」に発出し、「言語」die Spracheによって存在者が生み出されると考えている。ここにはユダヤ神秘主義カバラの影響が見て取れる。 ここから「音楽」と「歌」がもつ意義が解明される。音楽を「天球の音楽」のモチーフが担い、「歌」のモチーフをオルペウスが担うのである。両者が出会うところで世界は交響するということをブロッホはこの作品で示している。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
今年度には最初予想していなかった「オルペウス神話」が『ウェリギリウスの死』において大きな意味を持っていることを発見し、論文にまとめることができた。
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Strategy for Future Research Activity |
ヘルマン・ブロッホは、現代社会(ブロッホは、ウェルギリウスを主人公としているが、彼の現代に対する問題意識からこの作品を書いていることは言うまでもない)における言語のこのような惨状に対して「歌人の責任」を問題とする。「歌人」、すなわち文学者の責任は言葉の扱い方にあると主張する。言葉が根底を失い「渦」の中を漂うことになった原因をブロッホは追究する。ブロッホは、その原因を恐らく文学者、現代人の「コトバ」忘却(ハイデガーの用語を用いれば「存在忘却」)によるものと考えていたように思われる。言葉が人間の恣意に拠るものではなく根源をもち、存在者を存在させる根源としての「純粋なコトバ」との関係を有するという認識を、いかに現代に蘇らせるかは、ナチズムを逃れアメリカに亡命せざるを得なかったブロッホにとって切実な問題であったろう。ここに『ウェルギリウスの死』以降の彼の政治論文執筆の手がかりを見ることができるであろうと予想している。そして、この問題は言語が記号であり、相対であると考えられている現代においても大きな意義をもつであろう。 またブロッホは『ウェリギリウスの死』で詩人の「偽誓」「誓い」「責任」について何度も言及している。詩人の目指すべきは美ではなく、真実であり、それは神との約束である。「偽誓」「誓い」「責任」というコトバが頻出するのは、ウェリギリウスが死の直前でそれに気づくからである。このことから文学の「倫理性」という概念が導き出され、『ウェリギリウスの死』以後の彼の執筆活動が、政治・社会に強くコミットしていく理由であると予想される。 この経過を解明したいと考えている。
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